シーン14-1 化合<ばかしあい>
いずみと別れてから十分後、優希はようやく八束高校の校門前にたどり着いていた。その途中、やはり何体かの怪物と遭遇しているが相手にせず逃げに徹している。余計な時間を取られるわけにはいかない。
「着いた……ここに敵がいる……!」
そう言いつつ優希は校内の気配を探る。敵らしき存在の気配は感じられないが、誰かが校内に残っているのを感じ取る。少し校門からは離れた場所にいるらしい。
罠かも知れない、と考える優希であったがそうであったとしても行くしか選択肢はない。危険な相手がいるかも知れない場所に、同じ学校の仲間がいるのを放ってはおけなかった。
「とにかく行こう……いずみ先生のことも気になるし」
優希は自分の言葉にうなずくと、意を決して学校内へと入っていった。
ここで時間は少し巻き戻る。
優希のことを穏やかな表情で見送っていたいずみであったが、優希の姿が完全に見えなくなり遠くへ離れてしまったのを確認した後になり険しい表情に変わると、自分に抱きついたままの女子生徒を睨みつけた。
「あの、先生……?」
「……下手な芝居は止めたらどうだ?」
戸惑う女子生徒を強引に引きはがして、いずみは冷たく言い放つ。
「随分と見くびられたものだな。私はこれでも八束高校の養護教諭だぞ。在籍している生徒の顔は把握しているつもりだ。貴様と違ってな……北栄一郎」
「……ほう」
女子生徒は顔を歪めて口の端に笑みを浮かべると、その場から姿を消した。
刹那、いずみの真後ろから聞きたくもなかった男の声が聞こえてくる。
「上手く『
いずみが後ろを振り向くと、そこに立っていたのは北栄だった。相変わらず他人を完全に見下した態度を取ってはいるが、その表情にはわずかな翳りが浮かんでいる。
「どうした北栄……少し表情が冴えないようだが」
「飼い犬が暴れてしまってな。予定外の力を使わざるを得なかった」
「……つまり、貴様のシナリオは崩れたわけだ。私たちと接触したのもそれが理由か?」
いずみの問いに、北栄は静かにうなずく。
「こんな回りくどい手など使うつもりもなかったが、飼い犬が私の言うことを聞かない以上、私があの場にいても計画の支障となるだけだ。幸い、歩生優希は八束高校に向かってくれている。『
「……随分と優希に入れ込んでいるようだな」
「貴様こそただの教師と生徒の関係とは思えぬほど、歩生優希と深く関係を持っているようじゃないか……座間いずみ」
その言葉にいずみは答えない。しばらくの間二人は黙って視線をぶつけ合い、やがて先に口を開いたのは北栄だった。
「そのせいか? 私の正体に気付きつつも歩生優希を先行させたのは?」
「……正直な話、貴様が『本体』だとは思っていなかったが、こういう形で私たちと接触を持った以上、学校には貴様と同等かそれに近い脅威がいることになる。それを放っておくわけにもいかないだろう?」
それを聞いた北栄は醜いものでも見たような表情を取り、いずみを威嚇する。
「ほう、ならば私の相手は貴様でも間に合うということかな?」
「そうは言わん。所詮私はただの人間だ。貴様や優希と違ってな」
「ならば……何故だ?」
「貴様の『分身』は私を特別ゲストだと言った。貴様の本来の筋書き通りならば、私は貴様の隣かどこかで優希とその飼い犬とやらの戦いを見せつけられる予定だった。そうだろう?」
その言葉に今度は北栄が沈黙する番だった。いずみは黙り込む北栄に構わず言葉を続ける。
「だが、その予定は崩れてしまった。飼い犬は言うことを聞かず、お前も予定外の力を振るって消耗してしまった。このままではどちらが勝ったとしてもお前の手に余ることになる」
「……」
「だからお前は、体勢を立て直すためにその場を離脱し姿を変えて私たちと接触した。女子生徒の姿を利用して優希をだまし、切り離した上で私を人質にするためにな」
いずみはそこで言葉を切り北栄の様子をうかがう。北栄はうつむいて何か思案していたが、やおら顔を上げると肩を震わせながら嘲るような笑い声を上げた。
「ハハハハハハ。そこまで見抜いておきながら、歩生優希を先に行かせたのか……大した度胸だな、座間いずみ!」
「それほどでもない。それに貴様には色々と聞きたいことがあってな。朝のような『分身』では話にならんが、『本体』に直接聞けるのならば別だ」
「いいだろう。予定では歩生優希が去ったらすぐに貴様を『転写』して追いかけるつもりだったが、気が変わった。その度胸に免じて特別に時間を取ってやる」
北栄はそう言うと八束高校のある方へと歩を進める。
「……歩きながら話そうという訳か」
「貴様を連れて八束高校まで行くのは容易いが、私は飼い犬に嫌われてしまっているからな。歩生優希と手を組んで二人がかりで歯向かわれても困る。ここは人間らしく散歩でもしながら語り合うとしよう、座間いずみ」
「人間らしく、か……。貴様には全く似合わん台詞だな」
いずみはそう言いつつも大人しく北栄の隣まで進むと並んで歩きだした。
優希が待っているはずの、戦いの舞台へと。
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