シーン13-4 あやめ

 八束高校の二階にある職員室が謎の爆発を起こしてから数十分程が経過した。

 あやめは爆発の衝撃で窓ガラスがあちらこちらでひび割れてしまっている校舎内を歩き、職員室があった場所の付近にまでたどり着いた。

 聞こえてきた男の声につられてここまで来たものの、行った先にもし化け物が待ち受けていたらと思うとあやめは生きた心地もしなかったが、幸いにしてそういったものの気配は感じられない。

 しかし、先程まで聞こえていた男の声も少し前から聞こえなくなってしまった。あやめがこちらの方に近付く毎に声は少しずつ大きく聞こえてきたので、誰かがこの周辺にいるのはほぼ間違いはないのであるが。


(まさか声の人が死んじゃった……なんてことはないよね……?)


 嫌な予感に体を震わせながら、あやめは周囲を見回す。

 正面には原形を留めないほどに破壊されてしまった職員室。机や椅子が滅茶苦茶になりながら散乱していて、そこにいたはずの顧問の教師の姿はどこにも見当たらない。

 爆発の影響は職員室の周辺一帯に及んでいて、あちこちで壁が剥がれていたり天井や床の一部が崩れてしまっている。

 後ろを見ると、二年生の教室がある。そこにも爆発の影響は及んでいるのか、教卓や生徒用の机が散らばっている。そこにも人の姿は見えない。

 だが、その時あやめの耳にはっきりとした男の声が聞こえた。


「……う……ううう……あ……」


 ひどく弱々しい、かすれた声。


(どこから……? 職員室からじゃない……教室の中?)


 あやめは慌てたように教室の中へと駆け込む。

 教室の中はひどい状態だった。外から見ているだけでは分からなかったが、ただ机や椅子がひっくり返っているだけでなく、窓ガラスが全て割れていたり天井の中央が完全に崩落していたりで、足の踏み場もない有様だった。

 そんな荒れ果てた教室の後方に、ボロボロの制服を身にまとっている異様なほど大きな体をした男子生徒が倒れていた。うつ伏せに倒れていて、あやめの今居る位置からでは転がっている机などが邪魔で顔はうかがえない。

 あやめは恐る恐るその生徒に近付いていった。あやめの知る限り、こんな大柄な生徒が八束高校にいるなど聞いたこともない。しかし、あやめはこの巨人といっても差し支えないほど大柄な生徒をどこかで見たことがあるような気していた。それこそ昨日も、自分の教室で。

 遂に巨漢の男子生徒の顔が見える位置にまで来たあやめは思わず息を呑む。

 その生徒は確かにクラスメイトの東元恭二の顔をしていた。しかし、あやめの知る東元は確かに身長が180cmを超えるくらいの大柄な生徒であったが、今の東元の身長はどう低く見積もっても2mを超えている。手足も丸太のように太くなっていて、とても日本人には見えない。

 あやめが戸惑っていると、再び東元がうめき声を上げる。


「……うう……うああああああ……!」


 その声にハッとなるあやめ。今は困惑している場合ではないと意識が切りかわった。

 東元の側にしゃがみこみ、体を揺さぶって名前を呼ぶ。


「東元君……しっかりして! 東元君!」

「う……あ……!」


 呼びかけが耳に届いたのか、東元は小さく身じろぎをする。あやめは強い声で呼びかけを続けた。


「東元君……東元君!」

「う……誰だ……飛田……?」


 意識を取り戻した東元は起き上がりながらあやめの顔を見つめる。


「良かった……気が付いたのね……」


 東元が目を覚まし自分の名前も呼んでくれてことにひとまず安堵したあやめであったが、東元の方は慌てたように周囲を緊張した面持ちで見回す。


「ど、どうしたの? 東元君……」

「あいつ……あいつはどこに行ったんだ……?」

「あいつ……? 今この学校には私しか残っていないみたいだけど……」

「……逃げたのか……? いや、あいつはそんな生易しい奴じゃねえ……!」


 東元は苦し気に、しかし敵意をむき出しにしながらつぶやく。あやめには何のことかよく分からないが、どうやら東元は「あいつ」と呼ぶ人間と何かがあったらしい。


「東元君、あいつ、って誰のこと? それにその体、何で急に大きくなって……」

「……説明している暇はねえ。飛田、今すぐこっから逃げろ……」


 あやめの問いに対して東元は答えず、ぶっきらぼうに逃げろと促した。


「に、逃げろって……東元君はどうするの?」

「あいつを倒すまでは俺はここから離れられねえ! それにもう一人決着をつけなきゃいけねえ相手もじきにここへ来る。……だから逃げろ。ここにいて巻き添え食らっても知らねえぞ」


 普段は無口なことで知られている東元が警告とはいえ、これほど饒舌にしゃべっている姿をあやめは見たことがない。あやめのことを見つめている東元の目は真剣そのものだった。

 しばらく呆気にとられた表情で東元のことを見ていたあやめは、やがて困ったような表情を浮かべながら東元の隣に座り込む。


「おい! 俺は逃げろって……」

「聞こえなーい……逃げろなんて言葉は聞こえなーい」


 東元は焦ったような声を上げるが、あやめは耳を抑える仕草をしてそれを無視した。


「冗談で言ってるんじゃねえんだぞ!」

「私だって冗談で言ってるつもりは無いわよ。……大体、街中は化け物だらけだって話なのに、非力な女の子一人でどうやって逃げろっていうのかしら?」


 東元の言葉に、あやめは自分が直前まで一人で学校から逃げ出そうとしていたことは棚に上げてすねて見せる。だが、あやめの言っていることも事実には違いなく、痛い所を突かれた東元は黙り込んでしまった。

 あやめは黙ってしまった東元の肩をポンポンと軽く叩く。


「だからさ、ここに居させて。そのあいつって奴か……決着をつけたい相手っていうのが現れるまででいいから。……私陸上部だし、逃げ足は普通の女の子より早いつもりよ」

「……見たくないものを見ちまっても知らねえからな……」


 その言葉を聞いて決心は固いと見たのか、東元はさじを投げるようにそう言うと自分もあやめの隣にどっかと座り込む。


「ありがとう、東元君……とりあえず、傷の手当てから始めましょ」


 あやめは東元に丁寧に礼をして、東元の体の怪我を確認し始めた。

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