シーン13-3 先行

 多少手間取ったものの何とかあの場にいた全ての怪物を倒した優希は一旦変身を解除していずみとともに学校へと急いでいた。

 先程の戦いで服がズタズタになってしまったため、優希は早くも一回目の着替えをしている。今度はゆったりめの黒の長袖Tシャツに白系統の半袖シャツを合わせ、下はグレーのチノパンといういで立ちであった。


「先生、もう少しゆっくり行っても大丈夫ですよ?」

「そうも言っていられないだろう……はぁ、はぁ……私は少々運動をさぼりすぎだな。こんなことなら毎朝ジョギングでもしておくんだった……」


 心配する優希の声に強がろうとしたいずみだったが、息を切らしながら必死に追走している状況では何ともならず、結局白旗を上げて立ち止まる。

 一方の優希は全く息を乱すことなく涼しい顔で立ち止まり、心配そうにいずみに駆け寄った。


「少し休みましょう。別に敵が逃げる訳でもないでしょうし」

「そうするか……はぁ、はぁ……しかし、頑丈になったものだな優希。あれだけ動いているのに息が全然乱れていないとは……」

「そのことだけは今の体に感謝してます。何しろひどい運動音痴でしたから」

「そうか……だが、今の肉体に胡坐をかいているのも良くないぞ。生物である以上加齢による衰えは必ずやってくる。今の能力をなるべく長く持続させるためにも今後は適度なトレーニングも欠かさないようにしなければな」


 いずみは呼吸を整えつつ優希にそうアドバイスを送り、優希も神妙な顔でそれを聞いていたが、不意に顔を道の先へと視線を送る。


「先生、誰かが学校の方からこっちに来ます」

「敵か?」

「……多分違うと思います。もう動きがフラフラですし」

「まさか、うちの生徒か……!」


 いずみがそれを言い終わるかどうかというタイミングで、道の向こうから八束高校の制服を着た女子生徒がフラフラと優希たちの方に駆けてくる。

 優希は俊足を生かして女子生徒に駆け寄り、その後をいずみが慌てて追いかけてくる。

 優希は今にも倒れそうな女子生徒の体をそっと支える。胸元のピンバッチは二年生であることを示していた。優希よりは一学年上である。


「大丈夫ですか先輩……」

「あ、あなた一年の……? その……学校が……学校が……!」

「学校……? 学校で何が……?」

「優希、ひとまずその子を落ち着かせる方が先だ。……しっかりしろ、私だ」

「……あ……座間先生……!」


 女子生徒は目の前に現れたいずみに救いを求めるように抱きつく。いずみは震える女子生徒をあやすように頭をなでて、女子生徒が落ち着くのを待った。

 その後、落ち着きを取り戻した女子生徒から二人は事情を聞く。

 女子生徒は陸上部に所属していて、化け物騒ぎに気付かず登校してしまい、同じように登校してしまった他の生徒たちと部室で待機していたのだという。

 しかし、突然爆発音が校内に響き渡り、更に様子を見に行った生徒から職員室が吹き飛んでいるという話を聞いて、その場にいた全員が完全なパニックに陥り、周囲の状況を省みることなくバラバラに散っていってしまったということらしい。


「……そうか、そんな状況では落ち着いてもいられないな。よくそこまで頑張った」


 いずみは女子生徒の労苦をねぎらい、それを聞いた女子生徒は思わず涙ぐむ。

 一方、その話を聞いていた優希は考え込んだ。


「どういうことでしょうか? 敵の狙いは僕だとばかり思ってましたけど……」

「……別にあの男は校内の生徒や教師に手を出さないとは言っていない。邪魔だと思ったならばそれを排除することに躊躇いはないはずだ」


 優希の疑問にいずみは表情を硬くして答える。人を人とも思っていないようなあの男の台詞から考えて、あの男の言う『本体』なる存在はもっと冷酷な判断をする可能性はあった。

 しかし、優希は腑に落ちないのかなおも疑問を口に出す。


「でも、それにしては手が回りくどくありませんか? どうしても部室にいた人間が邪魔だというのなら、一か所にいる時に仕掛ければいいはずです。それがろくに人もいなかったはずの職員室で爆発を起こしたりなんかして、現実にこうやって逃げてきている人もいる訳で……ちょっと理屈に合っていない気がします」

「確かにな。あの男がそんな効率の悪いやり方を好むとは思えん」


 優希のその言葉にいずみもうなずき首を傾げる。あの男の『本体』が一体どんな力を持っているのかは知らないが、職員室を吹き飛ばす程度の力があるのならばその力で全員をまとめて片付ければそれで事が足りる話である。そもそもの話として、あれほど他人を見下している存在が、恐らくはそれまで放置していたであろう相手をわざわざ始末しようとするものであるだろうか。

 いずみは依然として抱きついたままの女子生徒と優希の顔を交互に見比べた後で、改めて優希の顔を見て言った。


「優希、お前は学校へ急げ。何かしらのイレギュラーな事態が起きた可能性が高い」

「先生は?」

「私は教師としてこの子をどこか安全な場所まで避難させる義務がある。……すまんな、お前にばかり厄介事を押し付ける形になってしまうが」

「先生が気にすることでもないですよ。さっきも言いましたけど、敵の狙いは僕みたいですし……ここはひとつ顔を見せに行ってきます」


 いずみが顔を伏せながら言った言葉に、優希は明るい笑顔で応じる。ここで悲壮感のある表情ではいけない、という気遣いである。

 いずみもそれを察して苦笑いを浮かべる。この一晩ですっかり一人前の男になったなと、そう思ったのだ。


「そうか……。ならばここはそれに甘えさせてもらうとしよう。……何があるか分からん。十分に気を付けろよ、優希」

「はい! じゃあ先生、行ってきます!」


 いずみの励ましの言葉に優希は大きくうなずくと、その場から元気よく駆けだしていった。何度も後ろを振り返りながら。

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