シーン13-2 反逆

 優希がなおも怪物の群れと戦っている頃。

 北栄と東元は八束高校の職員室に入っていた。


「……少しは気分が晴れたか、東元? まあ座れ」

「いえ……立ったままでいいです……」


 職員室にあった自身の席に腰かけた北栄は、その手前にある他の教師の席に座るよう東元に勧めたが断られてしまう。

 東元の足元には先程まで職員室に詰めてどこかに電話をかけていた一人の教師の死体が無造作に転がっていた。

 東元の表情が心なしか硬いのを見て取り、北栄は声をかける。


「そいつを殺したことを気にしているのか?」

「……」

「別に隠す必要はない。お前の性格ならそういうこともあるだろう」


 東元は何も言わなかったが、北栄は内心を隠したところで自分には全てお見通しだと言わんばかりの口調で語り掛けてくる。


「……だが、お前がそんな小さなことに悩む必要はない。お前は既に人間を超越しているのだからな。進化の入り口に立つことすら出来ない人間の命など服に着いたゴミを払うように始末すればいい」


 傲慢、という言葉すら生温く感じるほどの過激で人間性を著しく欠いた北栄の言葉を、東元は無表情で受け止めた。北栄ならばそのくらいは言うであろうと思っていたからである。

 ただ、東元には一言だけ北栄に確認したいことがあった。


「……じゃあ、そういう北栄先生は一体何なんですか?」

「ほう、この私に質問をするのか……東元」

「……人間の命などゴミのように始末すればいいと言ったのは先生です」


 意表を突かれた、というように両目をつり上げる北栄に対し、東元は静かに腕を構える。自分の中に眠る『鬼』を呼び覚まそうとする。

 しかし、北栄は全く動じることなく珍しいものを見るような目で東元のことを見つめた。


「なるほど、確かに私がただの人間だとしたらお前が私に気を遣う必要もなく、私を殺しても問題は無い訳だ。……だが、私を殺したらどうなるかはお前にちゃんと教えたはずだがな」

「……最初から俺を元に戻す気なんてないくせに……!」


 おどけた口調で話す北栄に対し吐き捨てるように言う東元。


「おやおや、私の用意したレジステアを飲んでおいてその言い草かね?」

「……確かにあの薬を飲んで俺は今の姿にまで戻ることは出来た。だがこれ以上は元に戻らないし……何より俺の体の中にある何かも無くならない!」

「全てはお前が選んだことだ、東元恭二。お前があの時あれを飲みたいと言わなければ、初めから何も起きなかったのだよ」

「……今更逃げ口上かよ……!」


 まるで他人事のように淡々と話し続ける北栄に、東元は初めて怒りの表情を露わにする。全身が震えながら大きく膨らみ、口元から牙が生え、あごには髭が蓄えられ、額から雄大な一本の角が突き出してくる。目が青白く光り輝き、それに合わせるかのように肌も青く染まっていく。


「やれやれ、私の許可が出るまで正体を明かすなと言ったのにな。こらえ性のない奴だ」


 東元の着ていた制服が無残に敗れていく音を聞きながら、余裕のある仕草で北栄は席を立つ。

 目の前には完全に『鬼』と化した東元の姿がある。


「私とやる気か、東元?」

「こ……ろ……す……!」


 その問いかけに目を青白く光らせながら『鬼』がうなずき、それを見た北栄は両肩を軽く回しながら冷たい笑みを浮かべた。


「いいだろう東元恭二。特別にお前に見せてやろう、私の本当の姿を……そして知るが良い、ヒトなどという虚弱な種などと比較にならぬ力を持つ『原初の存在オリジン』のことを!」


 北栄はそう言うと同時に両腕を天に掲げる。その瞬間に北栄の姿は別なものへと変貌していた。




 ドガァァァァァァン!



 唐突に派手な爆発音が響いた。


「きゃああ!」

「な、何が起きたのっ?」

「まさか校内に化け物が入りこんじゃったのか?」


 部室に立てこもるような恰好になっていた陸上部の部員たちは、突然の爆発音に張りつめていた緊張の糸が切れて完全なパニック状態に陥ってしまう。

 その中にいたあやめも何が起こったのか分からず、部室の隅で怯えるように身をすくめていた。

 やがて、外の様子を見に行っていた部員の一人が部室に駆け込んでくる。


「た、大変だ……しょ、職員室が吹き飛んでる!」


 その知らせに更に深い混乱に陥る部員たち。


「う、嘘でしょ……? それじゃあ先生は……?」

「分からないけど……あんな状態じゃ生きてる訳ないよ」

「私たち、一体どうすればいいのよ!」

「とりあえずここから離れた方が良くないか?」

「どうせ学校に居ても外に居ても変わらないよ!」


 最後の言葉が、その混乱にとどめを刺した。耐えられなくなった部員たちはそれぞれバラバラに校外へと出るために足早に駆け出していく。

 部室の隅で震えていたあやめはその動きに乗り遅れてしまった。


「あっ……待ってください……先輩……先輩……!」


 慌てて先輩たちの後を追おうとしたあやめだったが、既に付近には誰の姿も見えなくなっていた。

 一人だけ取り残されてしまったあやめは不安にいてもたってもいられなくなり、自分もとにかく校外へ出るべく昇降口を目指そうとしたが、その時学校のどこかから何かの声みたいなものが響いているのに気が付いた。


「え……? 何……?」


 さっきまで一緒に居た陸上部の部員たちの声では無さそうである。しかし、あやめはその声のようなものに聞き覚えがあった。

 あやめは立ち止まって耳を澄ます。今度はもう少しはっきり聞こえる。


 誰か、男性の、苦し気な、声。


「あっち……職員室のある方に……誰かいる……?」


 あやめは若干躊躇しつつも、もしかしたら先生かもしれないと考えて声のする方へと一歩ずつゆっくりと歩きだした。

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