シーン13ー1 開眼
飛田あやめは陸上部の部室の中で他の部員たちとともに不安な時間を過ごしていた。
早朝練習の為に早く学校に来たまでは良かったのだが、その直後に街中で怪物騒ぎが起こっていることを自宅にいた母親からSNSで知らされ、背筋が凍りついた。
運よく学校に辿り着くまで怪物に出会わなかったものの、もし出会っていたらと思うとあやめは生きた心地もしない。他の部員たちも騒ぎに気付かないまま登校してきており、みな一様に青い顔をしている。
顧問の教師は直ちに朝練の中止を決めると、どうにか安全にあやめたちを帰宅させることは出来ないかと職員室で他の教員と連絡を取り合っているようである。
あやめたちにはその結果を大人しく待つより他にやることがなかった。
「私たち、無事に家に帰れるのかしらね……」
「だ……大丈夫ですよ先輩! 先生も頑張ってくれているみたいですし……」
不安そうにつぶやく上級生の女子を励ますようにあやめは言ったが、そういうあやめ自身も内心では同じ不安を感じていた。
スマートフォンで状況を確認する限り、街中にいる怪物はかなりの数であるらしい。自衛隊が出てくるというニュースもあったが、来たとしてもこちらを救出してくれるまでにはそれなりに時間がかかるはずである。学校の校門は顧問の教師が閉じてくれたようであったが、怪物が校門を越えて中に入ってこないとも限らない。
部室にいる部員たちは皆口数も少なめで、それぞれスマートフォンを見たりストレッチをしたりしながら不安に怯える時を過ごしていた。
同時刻、学校から500m離れた路地裏では変身した優希が大量に群れた怪物たちと戦いを繰り広げていた。
『うおおおおおおっ!』
優希の雄叫びとともに放たれた鉄拳は飛び掛かってきた怪物の腹を貫通する。腹を抉られた怪物は悲鳴を上げながら地面をのたうち回るが、優希は容赦せずに怪物の体を思い切り蹴り飛ばし完全に沈黙させた。
その様子を近くの塀に背中を貼り付けながら見ていたいずみが声をかける。壁を背にしているのは背後から襲われないようにするためだ。
「優希、大丈夫か? ……ここで全力を出しすぎるんじゃないぞ!」
『分かっています! 本当の敵は学校にいるんですから』
優希はそう答えつつ、続いて襲い掛かってきた怪物を相手に取っ組み合いの乱闘に入っている。
一方、いずみは優希の戦いぶりを見守りながらも、怪物たちのことについて考えを巡らせていた。
優希の家に現れたあの男は、街の人々を『
もうひとつ。あの男は優希のことを『
これまでいずみは優希の変化と怪物たちの変化について、形こそ違うが根っこにあるものは同じものだと考えていた。症状の進行が速いか遅いかの違いだけで、最終的に行きつくところは優希も怪物たちも変わらないのだと。
しかし、優希はそこから踏みとどまった。姿が怪物のまま固定されてもなお人の心を失わず、そして元の姿へと回帰したのだ。あの男が言っていたのはそのことなのであろうか。
否、だった。今言った優希の変化は内面の変化でもあり、ずっと側で見守り続けてきたいずみだからこそ見えるのである。その事情を知る由もないであろうあの男の本体がそんなことを理解しているはずがない。
ならば『抵抗者』とは一体何なのか?
いずみが更に思考を巡らせようとしたその時、未だ戦っている優希の隙を突く形で一匹の怪物が目の前に現れる。
「くっ……!」
いずみは足下に食いついてくる怪物をかろうじてかわすと、その怪物とは距離を取りつつ、ようやくそれまで戦っていた怪物を倒した優希のそばに近寄る。
『いずみ先生、大丈夫ですか?』
「気にするな優希。……しかし、この状況は少しまずいな」
優希の気遣いに感謝しつつも、いずみは厳しい表情で周囲を見渡す。
最初に比べると大分怪物の姿は減ったが、それでもまだかなりの数が残っている。しかも、倒すのに時間がかかりすぎているせいか他の場所にいた怪物までこの場所を嗅ぎつけて集まってきているようであった。
『中々減りませんね。僕の戦い方が下手なせいで……!』
「お前の戦いにケチなどつけられるものか! ……だが、少々難しい局面なのも確かだ。せめて一度に二~三体ほどまとめて倒せる手段があれば状況も変わるのだろうが……」
『一度にまとめて倒す……』
いずみのその言葉を聞いた優希は頭に閃くものを感じた。
『先生、ちょっといいですか?』
「どうした優希?」
『少しの間だけ僕から離れていてくれませんか?』
「……わかった。気を付けろよ」
いずみは何の詳細も聞かずにうなずくと、怪物を手に持ったバッグを振り回してけん制しつつ黙って優希と大きく距離をとる。
それを確認してから、優希は怪物たちと正面から向き合った格好で右腕を大きく上から下へと回転させ始める。回転は次第に速くなり、優希は握りしめた右の拳に全神経を集中させる。
(意思に体が従うというのなら、出来るはずだ……!)
優希は自分の為したいことを完璧なイメージとして捉える。
そして、タイミングを見て回転させていた右腕を体を捻りながら後ろに引き、全身を動かして拳を前に突き出すと同時に溜めていた力を一気に解き放った。
『いっけえぇぇぇぇぇぇ!』
「これは……!」
一連の流れを離れた場所で見ていたいずみが驚嘆の声をあげる。
優希が拳を突き出すと同時に、正面にいた二体の怪物が吹き飛ばされる。その後ろに控えていた更に数体の怪物も最初の二体と同じように吹き飛んでいく。
優希が何を行ったのかはいずみにもはっきりとは分からなかったか、何か目には見えない衝撃波のようなものでも発生させたのかも知れなかった。
仲間がまとめて倒されてしまったのを見て多少怖気づいたのか、怪物の群れは優希から後退していく。その隙をついていずみは再び優希のそばに移動した。
『先生!』
「上手く行ったな優希! ……今のはいつ閃いた?」
『ついさっきです。ぶっつけで上手く行くか分からなかったですけど……』
「……どうやら変身ポーズの特訓がいい方向に働いたみたいだな。今のお前は完全に自分の意思で体を動かせているのが私にも分かる」
いずみは一瞬だけ心から安心したような微笑みを浮かべ、すぐに表情を引き締める。
「……だが、油断は禁物だ。残った怪物を倒したら学校へ急ぐぞ!」
『分かりました!』
優希はその言葉に力強く返事をすると、未だその場に残っている怪物たちに向けて突撃をかけていった。
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