シーン12-3 舞台
いずみは静かに立ち上がると外野の姿をした何かに詰め寄った。
「さあ、答えてもらうぞ。貴様の本体は誰の姿を借りている?」
「私の本体の今の姿は、貴様たちも良く知っているはずだ。こんな風にな」
そういうと外野の姿をした何かは顔を掻きむしり始める。
やがて外野の姿をした何かの顔から、ボロボロと何かが落ちていく。
「いずみ先生……」
「大丈夫だ優希……それより顔をよく見ておくんだ」
心配そうな優希の声に、外野だった何かから視線を外さずに答えるいずみ。
そして、変化が終わったのか手を下げて顔を上げた何かを見て、優希は驚きいずみは顔を歪める。
「北栄……先生……」
「よりにもよって北栄か……」
外野の姿をしていた何かの顔は北栄の顔に変わっていた。北栄の顔は不気味な微笑みを浮かべている。
「これで満足したか、歩生優希に座間いずみ」
「どのみちこれ以上の質問には答えられないのだろう。さっさと本題に入ったらどうだ?」
「先生……その言い方は……」
「気にするな優希。こいつはどうせただの操り人形に過ぎん」
「……中々度胸の据わった、いい女だな」
恐れのようなものを全く感じさせずに話すいずみに、北栄の顔をした何かは本気とも冗談ともつかないような声で語る。
「さっきも話した通り、私の本体は八束高校でお前を待っているはずだ、歩生優希」
「何故僕を……? と言ったところで答えてはくれないんだっけか」
「そういうことだ。本来は歩生優希だけを招待するのが私の役割だったが、本体が考え方を変えたらしい。特別ゲストとして貴様も招待するとのことだ、座間いずみ」
「……それはそれは、丁寧なご配慮痛み入る……と言ったところか」
言葉だけは丁重な北栄の顔をした何かに、いずみは皮肉で応じた。
「八束高校……まさかとは思うけど、学校にいる皆は無事なんだろうな?」
「さあな、それを確かめたければ早く八束高校に行ってみるがいい……私の役割は、もう終わった……」
北栄の顔をした何かはそれだけを言い終えると、静かにその場に崩れ落ちる。やがてその肉体はボロボロと崩れていき風に溶けて消えていく。
優希といずみは黙ってその光景を眺めていた。
「いずみ先生……!」
「私たちのなすべきことは決まったな優希。急いで学校に行くぞ」
「でも、何で北栄先生が……?」
「今の奴も言っていただろう。あれは北栄じゃないんだ。そう思え」
優希の言葉を遮り、いずみは厳しい表情でそう言った。
「疑問があるのは分かる。私自身も今の奴の言っていた言葉を全て理解は出来ていない。だが、一つだけ言えることがあるとすれば……」
「全ての鍵を握っているのは……北栄一郎……ということですか」
「そういうことだ。そしてその北栄は八束高校で待っている。私たちの学校でな」
いずみの言葉に優希は無意識に両の拳を握り締め、しばらく黙ってうつむきながら何かを考えていたが、やがて何かを決心したような表情で顔を上げると、いずみに告げた。
「先生、行きましょう!」
「……そうか……」
東元の前を悠然と歩いていた北栄がふと立ち止まりつぶやいた。
合わせて足を止めた東元は不思議そうな視線を北栄に向ける。
「案ずるな。お前が気にすることではない。私の方で相手をしなければならない特別ゲストが一人増えることになっただけだ」
北栄の言葉を聞いた東元は静かにうなずいた。北栄が気にするなというのならば、実際に東元が気にするほどの問題ではないのだろう。下手に詮索をして不興を買うくらいなら最初から関わらない方が良い。今の東元にとって関心のある問題はただ一つ、北栄の許可がいつ自分に下されるか、である。
北栄は後ろを振り向かなかった。振り向かないまま再び歩き出す。
それを見た東元が大人しく付いてくるのを気配で感じ取った北栄はニヤリと笑って声をかける。
「大人しいのは結構だが、あまりに無反応すぎるのも考えものだな東元。……私を邪魔に思うならば、いつでも仕掛けてみればいい」
「! ……いえ、すみませんでした北栄先生」
その言葉を聞いた東元は慌てて謝るが、北栄は相変わらず後ろを振り向かないままだ。
思い切って北栄の前に出て謝罪しようかとも考えたが止めた。そんなことをすれば、図星を突かれて焦っていますと言っているようなものだと考えたのである。
そんな東元の内心を知ってか知らずか、北栄はゆっくりと足を止め後ろを振り返る。それを見た東元はびくりと体を震わせるが、北栄の表情は思いの外軽いものだった。
「そう緊張するな、着いたぞ東元」
「え……?」
東元が顔を上げると、見慣れた光景が広がっていた。
私立八束高等学校の前に辿り着いたのである。
校内からはあまり人の気配が感じられないが、完全に無人ではないことを東元は感じ取る。
「さて、中でゆっくり主客と特別ゲストの到着を待つとするか」
「中に誰かいますけど……」
「朝早くからご苦労なことだ……気になるようならば消して構わん」
「……はい」
北栄と東元は校舎の中へと姿を消していった。
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