シーン10-3 談義
……が、優希にはその前にもう一つだけ確認したいことがあった。
『……』
「なんだ優希? まだ疑問があるのか?」
『本当に理由ってそれだけですか?』
「ん?」
『変身ポーズの練習をさせる理由が本当にそれだけなのか、ってことです』
優希は両目を黄色く光らせながら強くいずみを見つめる。それを受けたいずみは若干怯んだように視線を逸らして再び話し始める。
「……意識下に刷り込みを行って、二つの体を自由に切り替えられるようにする、という意味合いもある。特定のポーズを取ることで変身を行うことを体に覚え込ませれば、勝手に体が変身したり、その逆で勝手に変身が解けてしまうと言ったイレギュラーな事態を防ぐことが出来るはずだ」
『なるほど~……で、更にその奥に別な理由がありそうなんですけど……』
うんうんと頷きながらも疑わしげな口調でいずみを追及する優希。
「……」
『……』
二人ともお互いのことを見つめ合ったまま黙り込み、そのままの状態で数分が過ぎた。やがて沈黙に耐えかねたのか、いずみは既に開けていた二本目の缶チューハイを思いっ切りあおり、据わった目で優希を睨みつける。
「……お前がそういう奴だとは思わなかったぞ優希。……大体何故私ばっかり追及されねばならんのだ?」
『先生が自分に正直じゃないからです』
「ほおう、言うじゃないか? どの辺が正直じゃない?」
ドスの効いた声で聞いてくるいずみに、優希は若干迷いながらもはっきりとした声で理由を告げた。
『……僕が「変身!」とか言いながらポーズ取って変身するのが見たい、ってちょっと思ってるんじゃないですか、先生は?』
「……」
優希の言葉にいずみは何がおかしいのか顔を伏せながら黙って肩を震わせ、それが終わるとぞっとするような微笑みを浮かべて優希を見上げた。
「……優希、ちょっとそこに座れ」
『はい……』
優希は素直に大柄な体を窮屈そうに曲げてちょこんと座らせる。
「……お前という奴は女心というものが全然分かっていない」
『そういう問題なんでしょうか……?』
「そういう問題だ……! 妙齢の女性が胸に秘めていた思いをわざわざ白日の下に晒して楽しいのかお前は!」
まくし立てるにそう言ってから手にした缶チューハイをまた一口飲むいずみ。それを見た優希は呆れたように言った。
『先生飲みすぎじゃないですか?』
「馬鹿を言え。缶チューハイを一本と少し飲んだ程度で酔うほど酒に弱くはないぞ」
そう言いながらいずみは再び缶チューハイをあおり、それからおもむろに優希に対して反撃を仕掛ける。
「……そういうお前はどうなんだ優希。私がそれを隠していることが分かったくらいなら、お前自身も内心でそういうのを期待してたんじゃないのか?」
『え……?』
「……私に正直になれと言ったんだ。よもやこの期に及んで嘘を付こうだなんて思っていないよな、優希……?」
そう言うといずみは凄みのある微笑みを浮かべながら優希の方ににじり寄ってくる。あまりの圧迫感にこれなら怪物の相手をしている方がまだマシかも知れない、と本気で思う優希であったがそれで状況が変わるわけでもない。
何か言い逃れをしようと考えを巡らせた挙句、結局何も思い浮かばなかった優希は観念して正直なところをいずみに語った。
『僕もその……やる気はあります。ずっと昔から、ヒーローになりたいって思う気持ちはありましたから……』
まさか現実に自分の体が変身体質になって変身ポーズを考えることになるとは思っていませんでしたけど、と言葉を続けた優希をいずみは静かな目で見つめていた。そして、二本目の缶チューハイの残りをくいっと飲み干すと優希の逞しい胸をノックするように軽く叩く。
「それでいいんだ、優希。胸を張れ。……お前はもう既にヒーローになっているんだ。他の誰かが何を言おうと、私だけはお前を認める。今夜はそのための一歩を踏み出すだけだ」
いずみは満足そうにそう言った。それを聞いた優希もほっと息を吐く。
『……先生って意外な好みをしているんですね』
「初めからそうだったわけじゃない。私の隣にいる誰かさんを見ているうちに心境が変化してな」
『僕ってそんなにヒーローっぽかったですか?』
「いや、全然だな。だからこそ、ヒーローというのはどういうものだったか、という興味が湧いたわけだ」
首を傾げる優希にいたずらっぽく微笑みながら答えるいずみ。
「ただ、あの日のお前は紛れもなくヒーローだった。お前がいなければ私はあの蜘蛛の怪物に間違いなく殺されていたよ」
『でも、あの日の僕は絶望していましたよね。蜘蛛の怪物を倒した後、家で先生に弱音を吐いていたのを今でもはっきり思い出せます』
優希の言葉にいずみはあの日、優希が怪物を倒した後のことを思い出す。
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