シーン10-1 模索

 東元恭二は呆然としながら真正面のドアを見つめていた。

 阪西と南井が死んだあと、変身してしまった東元は言われるがままに北栄の家らしき場所に連れてこられたのである。


「まさかその姿で自宅に戻るわけにもいくまい。……安心しろ東元、安定して元の姿を維持できるようになったら、自宅に戻してやる。お前の両親にも上手く伝えておいてやるから、まずは体の変身が解けるまで待て」


 北栄はそう東元に言い含めると何処かへと出かけていき、それ以降東元はじっとこの部屋で佇んでいる。この部屋には冷蔵庫や電子レンジ、水道などが完備されていて水や食料に困るようなことはなかったが、何も食べる気が起きなかった。

 東元の姿は依然として『鬼』になったままである。北栄にもらったレジステアは北栄が去った後すぐに飲んでいたが、中々姿は元に戻ろうとしない。北栄の話ではレジステアは即効性のある薬ではなく、かつ効果には個人差があることから、場合によっては効いてくるまで数時間はかかることもあるだろう、ということだった。


(何だよ……何で元に戻らねえんだよ……早く戻れよ……!)


 元に戻ろうとしない自分の体に東元は苛立ちを感じていた。青白く変化した両目が激しく明滅している。

 東元の苛立ちの理由は体が元に戻らないことだけではない。体が疼くのである。狭い間所にいつまでも閉じこもっているのは嫌だと、外に出て思う存分に動き回りたいと全身が悲鳴を上げていた。

 東元は一人孤独にその衝動と戦っていた。こんな姿で街中に出たらどんなことになるか分からないし、何よりも北栄が怖かった。

 自分をこんな姿に変え、どういう理屈なのかは分からないが攻撃も当てられない北栄を東元は恐れていた。単純な力では『鬼』となった東元の方が数段上なはずなのだが、何故か北栄には全く勝てる気が起きなかった。

 南井が消えてしまう直前に北栄が見せた底知れぬ冷酷さを秘めた顔を東元は忘れることが出来ない。今でこそ物分かりのいいことを言っている北栄だが、もし仮に逆らってしまったらどんなことをされてしまうのか分からない。東元の頭にはそんな妄想が渦巻いている。

 早く外に出たい。しかし、その後が恐ろしい。

 肉体からの衝動と北栄に怯える心の板挟みになり、東元の心は次第に疲弊していった。



 同じ頃、優希の自宅。


『……』

「……座禅はダメだな。私も禅の専門家ではないから詳細は分からんが、お前の意識がきちんと統一しているような印象を受けん」

『……これもダメですか、はあ……』


 いずみの指摘に未だ変身したままの優希が溜息をつきつつ、組んでいた足を伸ばして楽な姿勢を取った。

 優希といずみは先程出た「表層意識と無意識を一つにして変身を解除させる」という考え方に基づいて、優希の意識と無意識を一つにまとめる方法を模索していた。

 まず、特別な形を取らずにリラックスして心を穏やかにしようと試みたが上手く行かず、それならばと座禅をして精神統一を図ったのだがこれも失敗だった。


『何がいけないんでしょうか……? 自分の中では一生懸命やっているつもりなんですけれど……』

「……推測になるが、お前のその「頑張ろう」と思う気持ちが裏目に出ているんじゃないか、という気はするな。表層の意識だけが先走っていて、それに無意識が追い付いてないから変化が起きないんだろう」


 優希の問いにいずみもどうしたら良いものか、と悩ましげに首を横に振る。

 先程いずみ自身が語った通り、やはり表層意識と無意識を一つにするというのは容易なことではない。完全に不可能ではないのは声を出せるようになった経緯を見ても明らかだが、狙ってやるとなるとどうしても意識の方が先走ってしまうものらしい。


『……と言われても、一体どうすれば……?』


 優希も困惑を隠せない。いずみの言っていることも理解できるのだが、だからと言って気持ちを入れないというのも違うような気がする。自分の意思に肉体が従うというのなら、その意思を持たなければならないだろうと思うのだ。

 いずみはしばらく何も言わず宙を見上げたまま何事かを考えていたが、やがて考えがまとまったのか視線を優希の方に向けて口を開く。


「……恐らく現在のお前には座禅のような落ち着きが求められるやり方は不向きなんだろう。不向きだからやらない、というのも違うとは思うが今は非常時だ。よりお前にあったやり方を模索するべきだな」

『僕に合ったやり方……?』

「うむ……もっと躍動感があって、積極的に感情を表に出していくようなやり方の方が良いだろうと思う。まだ若いんだしな」


 その言葉に優希は首を傾げてしまうが、いずみの方はそんな優希を見て意味ありげにニヤニヤと笑っている。


『……何か怪しいことを考えていませんか、いずみ先生?』

「……ん? 別に怪しいことなど考えていないぞ。それどころか非常に真面目な話だ」


 そう言いながらもいずみはニヤニヤ笑いを止めようとしない。優希は非常に不安を感じた。


『……一体僕は何をすればいいんですか……?』

「うむ。……さっきも言った通り、今のお前には落ち着きを求めるよりも体を動かす行為の方が考えをまとめやすいだろうと思う。それと、もっと感情を前面に出していけるやり方の方が、気持ちに思い切りが出て良い結果を出せるはずだ」


 そこでいずみは立ち上がり座っている優希の両肩を叩き、そして告げる。


「はっきり言おうか。……優希、何でもいいから変身ポーズを考えろ」

『……は……?』


 予想もしていなかったフレーズが飛び出してきて、優希はとっさに意味が理解できずにそのまま凍り付いてしまった。

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