シーン8-4 再会
気持ちを切り替えて怪物に向き合う。時間はかかるが地道に打撃を加えて体力を奪っていこうと優希は考えたが、そこで優希にとって想定外の事態が起こる。
「おい……そこにいるのは誰だ?」
「!」
良く見知った声に優希が慌てて視線を向けると、そこにはいずみの姿があった。学校からの帰り道であるのか白っぽい色の私服姿でバッグを肩にかけている。
いずみは優希の姿を暗闇で上手く視認できないのか、どんどんこちらに近付いてくるが、その途中には蜘蛛の怪物がいる。怪物はいずみのことに気付き、静かに体をいずみの方に向ける。
(まずいっ……座間先生が……!)
優希は焦りながらも猛然とスパートを駆けて、いずみと怪物の間に割って入った。
いずみはいきなり得体の知れない人間に近付かれて訳が分からず困惑した声を上げる。
「おい……何なんだお前は? ここで何をしてるんだ?」
「話は後です先生! 一旦ここから離れて……!」
「先生だと……? それにその声……聞き覚えが……」
必死にいずみに逃げるよう促す優希だが、いずみは目の前の相手が優希だと気付かないのか、その場から離れようとしない。
そんな二人の隙を突いて蜘蛛の怪物が近付き、口からまた針を吐き出した。
いずみを狙っている。
「なっ……!」
「危ない、先生!」
蜘蛛の怪物の存在に気が付き固まってしまったいずみを針から守るために、体勢を崩しながらも優希は全身を盾にした。そして、怪物の針はよりにもよって優希の口元に命中してしまう。
再度の激痛が体を貫き、優希はまたしても絶叫した。
「うあああああああああっ!」
「その声……まさか……歩生なのか……? ……おい、しっかりしろ歩生!」
目の前にいた存在が誰なのかにようやく気付き、いずみは慌てて痛みに転げまわる優希のそばに駆け寄る。
「うああ……せ、せんせい……」
「しゃべるな歩生……ひどい怪我じゃないか! とにかくここは一旦安全な場所に……」
「だ……めです……せんせい……!」
完全に気が動転してしまっているいずみはそれでも何とか優希に撤退を提案するが、優希は怪我の影響なのかうまく回らない口を懸命に動かしてそれを拒否する。
「馬鹿者! そんな状態で何が出来るというんだ歩生。それにお前……その体は……?」
「……いかなきゃ……あいつを……とめ……なきゃ……!」
「止めろ歩生、動くんじゃない!」
いずみの悲鳴に近い制止を振り切って、優希は立ち上がり怪物を見据える。怪物は再び針を放とうと脚を小刻みに動かして体勢を整えているところだった。
「うああああああああああああっ!」
「歩生っ!」
いずみの声を背に受けながら雄叫びを上げて優希は突進した。
蜘蛛の怪物は突然の優希の突進に慌てた様子で口元の針を放つが、今度は見切られて手で弾き返されてしまう。
一瞬で怪物に接近した優希は両腕で無造作に怪物の八本ある脚の一本を掴むと強引に引っ張ってむしり取る。
ギギギギギギ……!
怪物から不気味な悲鳴のようなものが発せられるが、優希はそれに構わず再び怪物の脚を引っ掴むと同じように千切って捨てる。怪物は再び悲鳴を上げてよろよろと後ろに下がろうとするが、片側二本の脚を失ったためかバランスを保てずにその場に倒れ込む。
優希はそれを見逃さず、じたばたともがく蜘蛛の怪物にかかと落としをあびせる。あれだけ優希を苦しめた蜘蛛の怪物の頭は、その一撃であっさりと地面に転がっていった。
念のためにまだぴくぴくと震えている怪物の胴体を力いっぱい踏みつけた後、優希は静かにいずみの方を向く。
「歩生……どうして……お前……」
いずみは放心しながら優希の名を呼んでいた……。
灯りを付けていない自室の中。
未だ変身したままの優希は長い回想を終える。
(そういえば、あれ以来変身した時に声が出せなくなったんだっけ……)
あの時口元に受けた傷の影響なのか、それ以降変身するときに口の中の器官が結合して硬質化し、唇も退化して口が塞がり一切話せなくなってしまったのである。いずみの推論では、まだ体の状態が不安定だったところに強いショックを与えたせいで、体の再生を司る機構が過剰反応したのだろうということだった。
(そういえば……いずみ先生はどうしてるだろう……?)
優希はぼんやりといずみのことを思う。蜘蛛の怪物に襲われたあの日以来、いずみはただ一人優希の秘密を知る人間として、あれこれ世話を焼いてくれた。
いじめがひどい時には迷わず保健室にかくまってくれたし、夜な夜な変身してしまい夜に繰り出し、時には怪物と戦うことになった時も嫌がることなく話し相手になってくれた。それでいながら甘やかしすぎることなく言うべき時には言うべきことを伝え、優希を陰に日向に支えてくれたのがいずみだった。
(先生に……会いたいな……でも、今の僕は……)
優希は依然とした変身したままの自分の手足をじっと眺める。今、優希は普段感じている体に漲る活力を感じていない。しかし、その一方で変身が解けていく時のような脱力感も感じない。まるで今の姿で自分自身が固定されてしまったかのように。
(もうそれでいいのかも知れない……どうせ皆に見られたんだ……元の姿に戻ったって……)
優希が投げやりにそんなことを考えていた時だった。
ピンポーン!
玄関の呼び鈴が鳴り、優希は心の中で眉をひそめる。こんな時間に、しかもこんなタイミングで、家を訪ねてくるとは。
優希は立ち上がらない。既に今の姿を大勢の人に見られてしまってはいるとはいえ、自分から姿を人目にさらすのも嫌だった。
だが、外から優希を呼ぶ声が響く。
「優希……開けてくれ……私だ……」
(いずみ先生……?)
優希は弾かれたように立ち上がった。
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