シーン8-3 新生
しかし、そこで優希の意識は異様な感覚に襲われた。
ドグンッ! ……ドグンッ!
心臓が、震えている。
血を失い、動きを止めようとしていたはずの優希の心臓が何かに目覚めたかのように異常な脈動を繰り返す。
残された体中の血液が、力を失いつつある体をもう一度目覚めさせようと踊り巡っていく。
深々と貫かれたはずの脇腹の傷が、急速に塞がっていく。
手に、足に、体に……力が溢れていく!
(……え……?)
消えかけていたはずの意識が覚醒し、優希は目をかっと見開く。
目の前では蜘蛛の怪物が大口を開けて、今にも優希の頭をかみ砕こうとしている。優希は反射的に怪物の頭を平手で払った。
すると、何故か怪物の体は宙を浮き、墓地側の壁に叩きつけられる。優希は自分でやった行動に自分で驚いてしまった。
(なんで……? ちょっと手で払っただけなのに……)
思わず自分の手をまじまじと見つめる優希。その手は赤々と脈動する筋肉に覆われ、今までの手に比べて二倍ほど大きくなっていた。
今度は自分の足元に視線を向ける。いつの間にか制服のズボンははじけ飛び、そこには手と同じように紅く染まり、見違えるほど逞しく発達した両脚が見えた。
先程貫かれた脇腹に手をやると、既に傷口は完全に塞がり、隆々とした腹筋の感触だけが返ってくる。
(なに……どういうこと……?)
何が起こっているのかわからず混乱する優希は、何か自分の姿を確認できるものを探そうとするが、その瞬間に嫌なものを感じる。
(えっ……?)
優希の意識がそれを理解する前に体が動いて、横に飛び退いた。その脇を音もなく針のようなものが通り過ぎていく。先程優希の手で吹き飛ばされた蜘蛛の怪物が体勢を立て直していたのだ。
蜘蛛の怪物は紫色に輝く目を強く光らせ、前の脚を高く上げて威嚇の体制を取っている。それを見た優希も思わず身構える。
(もう一度来るのかな……逃げられるのなら逃げたいけど……)
優希はそう思った。今の自分が一体どうなっているのかは分からないが、体全体の動きが今までよりも軽く、それでいて力強くなっている気がする。その気なりさえすればこの場から逃げることは簡単なように思えた。
しかし、と優希は思う。
(僕がここで逃げたとして……この怪物はどうなる? ここでまた誰かを襲ったりするんじゃないのか?)
たまたま自分は運良く助かりそうではあるものの、全ての人が同じように助かるかは分からない。あるいは、さっきの優希のように体を貫かれ、苦痛にもがきながら死んでいく人も出てくるかもしれない。否、必ず出てくる。
それでなくても人を襲い殺してしまうような危険な存在をこのまま野放しにしておいて良いはずがない。誰かが何とかこの怪物を止めなけらばならない。そう優希は強く思う。
(僕に……できるだろうか……? 体の具合が……いまいちよく分からないけど……)
優希は全身に力を込めてみる。両腕、両脚、胴体……全身からこれまで生きていて感じたことのない力が漲っているのを感じる。むしろ体の方が『早く自分たちを動かしてくれ』と訴えているようにすら思えた。
全身から伝わる感覚に優希は覚悟を固める。
(どうせ死ぬところだったんだ……! あるいはもう既に死んでいるのかも知れないけど……どっちにしてもこいつだけは倒しておかないと、きっと死んだ後まで後悔する……!)
優希は心優しい性格だった。自分をいじめていた相手に手を上げることすら躊躇うほどに、暴力というものを嫌っていた。今対峙している相手が怪物とはいえ、暴力を振るわなければならないことに抵抗が無くなったわけではない。
しかし、目の前の怪物を放っておけば、危害が及ぶのは自分だけでは済まなくなる。学校の仲間が、見知らぬ街の人が怪物の脅威にさらされてしまう。今の優希には、皆を守るために必要なだけの力がある。ならば、その力を正しく生かして、怪物を止めなければならない。
全身が変貌した中でまだ元の形をとどめている優希の顔の両目が、その時初めて黄色に光った。
(やるんだ……こいつを……倒すんだ……!)
優希は黄色く光る目で蜘蛛の怪物を睨みつけると、一瞬で怪物との間合いを詰め渾身の力で蹴り飛ばす。蜘蛛の怪物はまたしても高々と吹き飛ばされて、細い路地を抜けた先にある車道の方まで転がっていく。すぐに態勢を整え、蜘蛛の怪物を追撃する優希。
どうなっているか分からない今の自分の姿を誰かに見られるかもしれないと一瞬だけ考えた優希だったが、とにかく蜘蛛の怪物を倒さないことには自分の体の確認もできないと気持ちを切り替えて、怪物の方を向く。
二度も空へと舞い上げられた蜘蛛の怪物だったが、まだ倒れる気配は見せていない。紫色の目は怪しく輝き、八本の脚を元気に動かしている。
どうやら蜘蛛の怪物は、子供の腕ほどもあるその八本の脚を上手く使って吹き飛ばされた際の衝撃を軽減しているようだった。口元からの針と違って攻撃の時に脅威となるようなものではないが、脚が健在であるうちはいくら殴り蹴り飛ばそうが致命傷にはならなそうな印象がある。
それなら脚を奪ってしまえばいい。優希の頭にそんな考えがよぎった。
(あの脚さえなければ……でも、無理やり引きちぎるなんてやり方……)
怪物の脚を力尽くで引きちぎろうと考えてしまった自分の思考を諫める優希。体に力が溢れているせいか考え方が荒っぽくなっているのかも知れない。
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