シーン7-3 自滅
『凶行』を間近で見ていた南井は悲鳴すら上げられずその場にへたり込んだが、すぐに何かを思い出して側にいた北栄にすがりつく。
「おい北栄、俺にもあれを寄こしやがれ!」
「……何のことだ、南井?」
「とぼけてんじゃねえよ! あれだよ! 東元に飲ませた薬!」
目の前が危険な状況になっているにも関わらず、何も感じていないかのようにしらを切る北栄に、南井は思わず立ち上がってその胸倉を掴み上げてしまう。
だが、北栄はあざ笑うような表情で南井を見つめると、ごく自然な動きであっさり南井の手を払いのける。何が起こったか分からず、南井は自分の手と北栄の顔を交互に見比べるばかりだった。
「仕方のない奴だな……そこまで言うならばくれてやらんでもない」
「さっさと寄こせよ!」
「ただし、先にも言った通り、これを飲んで『進化』出来るのは資格のあるものだけだ。飲んだところで何も起きないことだってあるんだぞ」
「うるせえ、俺を舐めるなよ北栄! 東元に出来たんだったら俺だって……!」
北栄の忠告も聞かずにその手から薬をひったくった南井は、震える手で薬の封を切ると一気に飲み干した。その様子を東元だったものと北栄は黙って見つめていた。だが。
「……何でだよ、何で俺には何も起きねえんだよ!」
「やはりお前には資格がなかったようだな、南井三成」
「バカ言ってんじゃねえ! 俺を誰だと思ってやがるんだ! ……もう一度こいつを飲めばきっと……」
冷笑交じりの北栄の言葉に反発する南井は、迷わずもう一つだけ残されていた薬の封を切る。
「止めておけ南井。それ以上飲んでも状況は変わらんぞ」
「黙れ! 俺は南井三成だ! この学校で一番強いのはこの俺なんだ!」
北栄が止めるのも聞かず、南井は薬を飲み下す。すると、変異は起きた。
南井の体は青白く変色した後、急激に力を失っていく。体を支えきれなくなった南井は地面に倒れ込むが、その顔はしわくちゃな老人の顔に変わっていた。
「……な、……んだ、……よ……?」
「お前は『進化』を焦りすぎたということだ、南井三成。元々それは歩生優希が取り込んだものの成分を調整したもので、通常の二倍の効力を持たせてある。そんなものを二人分も摂取すれば、いくら健常な人間であっても耐えられる訳がない」
北栄は倒れ伏した南井を見下ろしながら冷酷に告げる。
「……だ、……まし、……た、……な……」
「騙した? ……私の忠告を聞かなったのは貴様だろう? 生意気な口は慎んでもらおうか、南井三成」
しわがれた声で必死に話す南井の言葉を鼻で笑い飛ばし、頭を踏みつけ地面に押し付けた。しかし、もう南井からは何の反応も返ってこない。
やがて、南井の体は溶けるように消えていき、後には着ていた制服だけが残された。
ようやく邪魔ものがいなくなったとばかりに北栄は両肩を軽く回すと、東元が変じた鬼の怪物に向き直る。
『鬼』は黙って自分を変えてしまった元凶である北栄を見つめていたが、やおら腕を振り上げると拳を握りしめて殴りかかった。
しかし、北栄は焦りすら見せずにゆっくり右の掌を『鬼』の前にかざす。すると、何故か『鬼』の拳は北栄には届かず空しく宙を切る。
「……?」
その光景に『鬼』は太い首を傾げさせてもう一度拳を振るうが、やはり同じ結果をたどる。北栄は不思議そうな顔をしている『鬼』に、愉快そうに笑いながら言葉を投げかけた。
「……まあ、そんなにいきり立つな東元。私に手を出しても無駄なのが分かっただろう?」
「……お……れ……を……も……ど……せ……!」
北栄の言葉に『鬼』は言葉を発する。片言でたどたどしい話し方ではあったがはっきりと聞き取れる声で話す『鬼』に、そこで初めて北栄は小さく驚いた。
「ほう! 片言だが言葉を出せるのか。歩生優希ですら、まだ発声がままならない状態でいるのにな。やはりお前を選んで正解だった」
「……も……ど……せ……!」
「慌てるな東元。私としてもお前がその姿のままでは少々扱いにくいのでな。……今からいいものをやろう」
そう言って北栄が背広のポケットから取り出したのはまたしても粉薬だった、ただし、今度の薬は七回分が用意されている。
北栄は『鬼』の顔をのぞき込む。
「これはさっき飲んだ薬の効力を一時的に抑え込む薬だ。一回で大体半日程度効果が続く。その効果は個人差があるが、お前を元の姿に戻すには十分なはずだ」
「……」
「だが、この薬はまだ一般には流通してない特殊な薬だ。もし仮に私が死んでしまえば入手は困難だろう。……後は言わなくてもわかるな?」
北栄の脅しにも近い言葉に、しかし『鬼』は小さくうなずく。理屈はどうでもいいが今はとにかく元の姿に戻りたい。東元であった『鬼』はそう考えていた。
素直にうなずいた『鬼』を見て、北栄は不気味に笑いながら薬を手渡す。
「お前に一応、この薬の名前を教えておくか」
「……な……ま……え……?」
「『レジステア』だ。覚えておけ」
北栄は『鬼』にそう告げた。
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