シーン7-1 悪意

 変身しかけていた優希があやめの前から姿を消してしばらく過ぎた後のこと。

 南井三成をはじめとする優希をいじめていた三人組は、比較的人目に付きにくい校舎敷地内の隅で退屈そうに時間を過ごしていた。

 今までいじめの対象であった優希がここ最近で急激な成長を遂げたことで、手を出し辛くなってしまったのである。単純な背の高さだけとっても、それまでは南井より若干低い程度であったのが、今や南井を軽々上回り三人の中では一番大柄な東元に匹敵するまで大きくなっていた。それに合わせるかのように体格も引き締まり胸板も分厚くなったように見える。

 つい最近も南井たちのことなど気にもかけずに呑気に談笑していた優希に阪西が因縁をつけようとしたのだが、大きくなった優希から出ている威圧感に阪西本人が負けてしまい喧嘩を仕掛けることすら出来ずに退散してしまったのである。

 阪西本人は後に「別にあいつに実力で負けたわけじゃない」と苦しい言い訳をしていたが、この出来事がクラス内に与えたインパクトは大きく南井たちの威信は大きく失墜することになった一方、逆に優希は南井たちに対抗できる存在として一躍もてはやされるようになっていったのである。

 その一件については阪西の勝手な行動がそもそもの原因であり、南井自身のメンツが潰された訳ではないが、元々自己顕示欲の強い南井だけに自分の存在が空気のように扱われていることに徐々に不満が溜まってきていた。その原因を作った阪西の方も、今度こそは優希に思い知らせてやると息巻いている。

 ただ一人、メンツにこだわりがなく優希に対しても比較的中立の立場を取っていた東元だけはのんびりとした表情でマンガを読みふけっていた。

 そんな東元を見て、苛立っていた阪西がマンガを奪い取って滅茶苦茶に破り捨てる。


「何すんだよ阪西」

「うるせえバカ! そんなことしてる暇あったら歩生の奴をぶっ倒す方法でも考えろ!」


 読んでいたマンガを破り捨てられて抗議する東元に阪西は腹立たし気に言葉を吐き捨てた。それを見た南井は一応三人組のリーダーとして阪西をたしなめる。


「落ち着け阪西。東元に当たっても仕方がねえだろうが」

「そんなこと言ったって南井さん、このまま歩生の奴にでかい顔をさせてて、それで満足なんすか? あんな図体がでかいだけの野郎に!」

「その図体がでかいだけの野郎に喧嘩を吹っかけておいて、何も出来ずにおめおめと引き下がったのはどこのどいつだ? あ?」


 いきり立つ阪西に対して南井は冷たい声で言い放ち、痛い所を突かれた阪西は渋々と言った表情で引き下がる。


「焦るんじゃねえ阪西、歩生の奴を追い込む方法は考えてあるからよ」

「なんすか南井さん、歩生を追い込む方法って……?」

「今は秘密だ……まだ決定的な証拠が掴めてねえからな」


 興味津々と言った様子で聞いてくる東元に、南井はあえて詳細を隠した。

 よほど重大な情報なのだろうかと、阪西は目を輝かせる。


「気になるじゃないですか。ちょっとでいいから教えてくださいよ南井さん」

「……しょうがねえな。どうせクラス中にばら撒くつもりだった話だ。お前らには教えておいてやるよ」

「さっすがぁ!」


 勿体を付けながらも承諾する南井に、阪西と東元は大喜びで南井に近付き、そんな二人に小さく頷いた南井は声を潜めて、偶然から仕入れた情報を話し始めた。


「いいか、これは俺が歩生の奴が住んでいるアパート付近に住んでいる奴から聞いた話だ。……そいつが言うには歩生が住んでいるアパートの部屋からな……」


 南井がいよいよ核心に迫る話をしようかと一旦言葉を切ったところで、良く知っている声が背後から聞こえてきた。


「そんなところで何をしているんだ、南井?」

「北栄……? てめえ……何時からそこに」


 南井たちのクラスの担任である北栄は、いつもの無気力無関心な表情とは違って、気味の悪い薄ら笑いを浮かべて南井たちの方へと歩み寄ってくる。南井は無意識のうちに体を身構えさせ、阪西と東元も臨戦態勢を取る。


「そう怯えるな、南井」

「うるせえ! 誰がてめえなんぞに……」

「声だけは元気なようだが、人に聞かれても知らんぞ」


 南井がすごんでみせても、北栄はまるで動じない。それどころか、よく分からない余裕のようなものすら感じさせる。

 目の前にいる人間は、本当にあの北栄なのだろうか。南井は北栄から漂う不気味な感覚に思わず息を呑む。

 北栄は南井の反応に軽くうなずくと、南井の肩をポンと軽く叩いて言葉を発する。


「お前たちにちょっとしたプレゼントをしようと思ってな」

「……あ? 俺たちにプレゼントだぁ?」

「そうだ。……お前たちは歩生優希を何とかしたいんだろう?」


 その言葉に阪西が正気かと言わんばかりの呆れた声で問いただすと、北栄の方は意味ありげな笑いを浮かべてそれに答える。


「……どういうつもりだ? 俺たちが歩生の奴を好き勝手にしてもいいってか?」

「まあな。そもそも今までだってお前たちは好き勝手にやっていただろう? 今更人目が気になるわけでもあるまい」

「そりゃそうだけどよ……北栄ちゃんには何かいいアイデアでもあるのかよ?」


 妙に物分かりの良いセリフに半信半疑な表情で北栄に尋ねる阪西。南井も微妙な顔をしているが、とりあえず話を聞こうと構えを解いている。最後まで身構えていた東元も、二人の様子も見て聞く姿勢に入った。

 三人が大人しくなったのを北栄は冷たい目で見据えながら、背広のポケットからゆっくりと何かを取り出す。

 それを見た南井はがっかりしたような声を上げた。


「おいおいなんだよ、その包みは? ただの薬とか言わねえだろうな?」

「ただの薬なら、わざわざお前たちに渡したりはしないさ」


 北栄が取り出したのは一見すると何の変哲もない普通の粉薬であった。三人に合わせるかのようにちょうど三包。


「もしかしてヤバい薬かよ? 流石の俺たちもそう言うのはお断りだぜ、北栄ちゃんよ」

「……この薬はお前たちの想像しているような下賤なものではない。資格のあるものに力を与えてくれる、分かり易く表現するならば魔法の薬だな」

「ぷっ……はははははは、面白いことを言うじゃねえか北栄よお。そんなのが魔法の薬かよ!」


 真面目くさった表情で語る北栄に思わず南井は噴き出した。言っていることがあまりにも子供じみた妄想の産物のように思えたのだ。阪西もまた、北栄の妄言にも思える言葉に笑い転げている。

 そんな中、東元だけはぼんやりとした表情で北栄の手にしている薬を見つめていた。その目の奥底には何かに飢えているような光を宿している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る