シーン5-3 適応
翌日。
優希から昨晩の話を聞いたいずみは呆れたような表情を浮かべる。
「また派手な『夢』を見たものだな優希」
「……すいません、いずみ先生」
「まあ、今回も人助けのためではあるようだし、例によって怪物相手だ。やむを得ないところはあるが……あまりやりすぎると『夢』では済まなくなるぞ」
優希は済まなそうな表情でいずみに謝罪するが、いずみはあまりそのことで優希を責めるつもりもないのか、軽めにたしなめただけですぐに話題を次に移す。
「それより、変身するときに苦しさを感じなくなった、という話だが……」
「そうですね。多分レジステアのおかげだと思うんですけれど……」
優希はあまり深刻さを出さないように軽い口調で言ったが、いずみはひどく難しい顔をして、優希のことを見つめたまま黙り込んでしまう。
しばらく待ったもののいずみは黙り込んだままで、優希は段々と不安になってきた。
「あの……いずみ先生……?」
「ん……? ……すまん優希、ちょっと思うところがあってな」
重苦しい雰囲気に耐え切れなくなった優希が声をかけると、ようやくいずみは我に返ったような声を上げる。
「何か気になることでもあるんですか?」
「まあな……。ときに優希、お前着ている制服がきついなんてことはないか?」
いずみは唐突に妙な話を切りだし、優希は怪訝そうな表情をしながらも答える。
「え……? ……そういえば最近、ちょっと窮屈で着づらい感じが……」
「優希……ちょっと身長と体重を測ってみろ」
「どうしたんですか先生。いきなりそんなこと……?」
「いいから黙って測れ。理由は後回しだ」
いずみは珍しく命令口調で優希に指示を出し、優希は戸惑いながらも身長を測り始める。
そして、計測された数値を見た優希は驚いた。
「174cm! 4cmも伸びてる……!」
「やはりな……最近どうもお前に見下ろされているような気がしていたところだ」
驚く優希を尻目に冷静につぶやくいずみ。
入学後の健康診断の時は170cmと計測されていた。それからまだ何か月も過ぎていないというのに、4cmも身長が伸びているというのは明らかに異常と言わざるを得ない。
続けて優希は体重も測った。こちらは元々の体重に1kgがプラスされただけであったが、身長が異様に伸びているのに体重があまり変わらないというのも妙な話だった。
「先生……これは?」
「……ここには体組成計が無いから即断はできないが、恐らく体が筋肉質に変わってきているんだろう。増えた体重も脂肪ではなく筋肉に違いない」
そのうち運動能力のテストもせねばならないな、と考える目つきでつぶやくいずみに優希は苛立ちを抱く。自分の体に何が起こっているのか、その理由がわからないからだ。
優希が不満のこもった目で見つめているのに気付いたいずみは、少しだけ思案し、やがて言いにくそうに口を開く。
「……あくまでも私の推測に過ぎないが、優希、お前の体は少しずつ変身後の肉体に近付きつつあるんだろう」
「えっ?」
思いもしなかった言葉が飛び出し、優希は凍り付く。いずみは優希の反応に気付きながらも言葉を続けた。
「適応、と言い換えてもいい。お前が変身するときに苦痛を感じていたのは、無理やり肉体を変化させているせいで元々の体に過度な負担が掛かっていたからだろう。……だが、元々の体の方が変身後の体に近付いてしまえば、変身に必要な負担も減って苦痛も感じなくなるに違いない。今測ったお前の体の変化が何よりの証拠だ」
いずみの解説に優希の表情は一気に暗くなった。良くなっていると思っていた体は、実際はどんどん悪い方へと進んでいたのだ。
「それじゃあ、僕の体はいずれ……」
「それはまだ分からんな」
思わず口からついて出た優希のつぶやきに、しかしいずみはゆっくりと頭を振った。
「……今私が話したことは全て推論に過ぎん。そもそもの話として、どうしてお前の姿がああいう形に変化しそして元に戻るのか、そこからしてよく分からない。……レジステアの件についても不明な点が多すぎる。あれをお前に飲ませたのをきっかけにお前が元に戻ったのは確かだが、それがどういう仕組みでそうなったのか、未だにその理由の糸口すらつかめていない……」
いずみは悩ましそうに言葉を吐き出す。いずみ自身、優希の問題について一体何をどこから手を付ければよいのか測りかねていた。
今までは、これ以上優希の体を変化させないためのレジステアさえ入手できれば、後は優希のメンタルケアを重点的にしていればことは済んだ。本質的な解決には程遠いが、それでも事態が悪化することだけは防げていた……はずだった。
だが、優希の体の異常が遂に普段の肉体にまで及ぶようになり、また北栄のような意図の掴めない怪しい人物も現れるようになった。レジステアの入手も限界に達しつつある。
事態が自分の能力を大きく超え、未知の領域へと広がっていくのをいずみは自覚している。それでもいずみは優希の為に問題へと立ち向かおうとする。
教師としての責任感でも、事情を知る仲間としてでもなく。
そう。愛するものを、守るために。
いずみが苦悩しているのを見て、優希もまた悩んでいた。
どうすればいずみの苦悩を止めることが出来るのか、どうしたらいずみのことを楽にしてあげられるのか。
優希は必死に考え、そして決心する。
(僕がしっかりしなきゃ……あの時、先生がそうしたように……!)
優希は座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、ぼんやりと立ち尽くしているいずみの側に立ち、静かにその体を抱き寄せる。
いずみは急に優希に抱き寄せられて戸惑いの表情を浮かべた。
「……優希……これはまずい……! 見られでもしたら……」
「……大丈夫です、誰もいませんから」
小さな声で焦りを口にするいずみに、優希はそっと答える。変身後の鋭敏な感覚は今の姿では使えないはずだが、何故か優希は確信を持ってそう言えた。
いずみは優希の自信ありげな答えに困ったような笑みを浮かべ、自分も優希の体にそっと抱きつく。
「やれやれ、あっという間に立場が逆転してしまったな……もうしばらく、頼りがいのある教師でいたかったんだが」
「今でもいずみ先生は僕の大切な先生ですよ」
「ふふふ……困ったやつだな、優希は」
いずみはそう言って、いつの間にか逞しく成長した優希の胸板に顔を埋めた。
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