シーン5-2 戦闘

 その場所はちょうど小さな神社の目の前だった。神社の周辺は林になっていて、木々の枝が風に揺られてがさがさと音を立てている。

 そこにいたのは震えながらへたり込んでいる大学生くらいの若い女性と、巨大な猫の怪物だった。

 猫の怪物は見た目的には三毛猫そのもので、普通の三毛猫をそのまま軽乗用車並のサイズにまで大きくしたような姿をしていた。

 ただ、その目は怪しい紫色に輝き、口元からは著しく肥大化した牙が突き出てしまっている。

 怯える女性の前に静かに進み出ながら、怪物の紫色に輝く目から優希は察する。


(この化物も……あいつと同じ……!)


 優希がこうなった原因である「あの日」の怪物、中年男性を助けた時に戦った犬の怪物……これまで遭遇した怪物はことごとく紫色に輝く目をしていた。

 それが何を意味しているのか、それは分からない。ただ、このまま怪物を放置しておくのは危険だというのは理解できる。

 優希は前にいる怪物と後ろの女性を見比べながら小さくうなずいた。


(とりあえず、このお姉さんを助けないと……!)


 しかし、女性に逃げろと促そうにも今の優希にはそれを伝える手段がない。言葉を発することは出来ないし、不気味に変わり果ててしまった顔からは表情を汲み取ってもらうことも望めない。

 ならばどうするか?

 優希は、思案の末に一つの答えに辿り着く。


 なあああああああああ!


 猫の怪物が突然現れた優希を威嚇するように鳴き声を上げる。それを合図として、優希は猫の怪物へと突進した。

 猫の怪物は突っ込んでくる優希を見て慌てて体勢を整えようとするが、変身している優希の脚は常識を超えた速さで怪物に迫り、その勢いを生かしてがら空きの胴体に回し蹴りを見舞う。

 すると猫の怪物の巨体は軽々と吹き飛び、神社の周囲に広がる林の木をへし折りながら転がっていく。

 逃げろと伝えることが出来ないのなら、こちらが場所を変えればいい。

 優希もすぐに怪物を追って林の中に飛び込む。その直前、優希は視界の端にいた女性が弾かれたように立ち上がり急いでその場から離れていくのを確認した。


「……」


 優希は何も言わない。言えるはずもない。黙ったまま、意識を怪物へと向ける。

 胴体を蹴り飛ばされた猫の怪物は怒りに満ちた目を優希に向けていた。その紫色の目を鋭く光らせ、前後の脚から爪を覗かせ、低い声で唸り声を上げている。それに対して優希は、構えを取りながらも今度は自分から仕掛けることなく、怪物の出方をうかがった。勿論、優希に武道の心得などない。全てが出たとこ勝負である。

 しばらくにらみ合いが続いた後、先に動いたのは猫の怪物であった。二度、三度と後ろ足で地面を引っ搔くと、そのまま飛び掛かってくる。

 猫の巨体が迫ってくるその直前に優希はその場にしゃがみこみ、頭上を猫の巨体が通り過ぎていくタイミングを見計らって右腕の拳を突きあげながら勢いよく跳躍し、怪物の腹を貫く。


 ぎあああああああああ!


 腹を貫かれた痛みに怪物が悲鳴を上げる。ここまでは優希の考えていた通りである。……が、その後に落とし穴が待っていた。

 猫の怪物がじたばたと四本の脚を振り回して暴れ始めたのである。優希は慌てて側に逃れようとするが、運悪く飛んできた右後ろ脚が優希の体に蹴りのような形で入ってしまう。


「! ……!」


 優希は声のない悲鳴を上げて、神社の社の壁まで吹っ飛ばされる。優希の体は壁にめり込んでしまっていたが、そんなことを気にしている暇はない。体を壁から引きはがしながら体勢を立て直す。


(痛っ……ちょっと浅はかだったかな? こんなことで……!)


 優希は痛みに体を震わせながら体に受けたダメージを推し量る。蹴られた衝撃はまだ体に残っているが、目に見える外傷は受けていない。もし万が一爪を立てられていたら危ういところであったが、当たり方が良かったのだろう。


(猫のキックは威力が強いだなんて話を聞くけれど……)


 優希は不意にそんなことを思う。優希は元々動物が好きだが、ここ最近巨大な動物と戦ってばかりですっかり動物を苦手とするようになってしまった。

 もう金輪際猫を飼ったりなんてしない。そう決心しながら、優希は改めて猫の怪物に向き直る。

 続けざまに胴体にダメージを入れられた猫の怪物は多少姿勢が崩れていた。体を支える脚も心なしか震えているように見える。しかしその目はまだ力強く紫色に輝いていて、闘志を失ってはいないことを示していた。

 優希は自分から仕掛けていくか、それとも再び相手を待つか迷った。本来ならば待ちたいところだが、相手の巨体による事故が再び起こらないとも限らない。それに若干であるが体から力が抜けつつあるのを優希は感じていた。変身が解けていく前兆である。こんなタイミングで変身が解けてしまったら自宅に帰るどころか命が危うい。

 そこで優希は腹をくくる。


(……こうなったら一気に殴り倒す……全力で……!)


 決意に呼応するように両目が黄色く光り、間髪を入れずに駆けだす優希。

 それを見た猫の怪物は姿勢を低くして二度攻撃を入れられた胴体を守ろうとする。しかし、優希の狙いはそこではない。


(頭を潰せば……!)


 優希は驚異的な加速力で怪物に近付くと、避ける暇も与えずに頭を蹴り飛ばす。

 

 ぎあああ!


 頭を蹴り飛ばされた怪物がのけぞりながら悲鳴を上げるが、優希は構わず姿勢が崩れた怪物を仰向けに押し倒して首のあたりに馬乗りになり、全力で怪物の頭をひたすら殴りつけた。


 ドガッ! バキッ! グチャッ!


 殴られている怪物の方も再び脚を振り回しながら暴れて、どうにか姿勢を変えようともがくが、優希は下半身に力を込めて力づくで怪物を押さえつけ、頭部への殴打を続ける。

 そんなことが数分は続いただろうか。次第に怪物の抵抗は弱々しいものに変わっていき、優希が目を光らせながら放った一撃を受けた猫の怪物は遂にその瞳から光を失って動かなくなった。

 それからしばらくして、優希は馬乗りを止めてゆらりと立ち上がる。

 両の拳は怪物の体液にまみれ、胸には血が飛び散っているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 頭部の変身が僅かに解けかかり、本来の頭皮が少し顔を覗かせている。鋭敏だった感覚が鋭さを失い、全身を虚脱感が包んでいた。


(……早く……帰らないと……このままじゃ……まずい……)


 優希はふらつく体を励ましながら、怪物の死体を残してその場を後にする。

 そして、変身が完全に解けるか解けないかというタイミングでなんとか自宅に辿り着き、シャワーを浴びて汚れきった全身をどうにか綺麗にすると、下着すらつけずにベッドにもぐりこみ、そのまま泥のように眠りについたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る