第8話 断罪

「ライラ、貴様はこのイリナが男爵令嬢というだけで虐めていただろう? 身分を笠に着て爵位の低い者を虐げるなど言語道断! 貴様のように醜い心の持ち主はこの俺様に相応しくない! よって貴様との婚約を破棄する!」


 ついに迎えた卒業記念パーティー当日。壇上に上がったルドルフが高らかに宣言した。傍らには唯一の側近グスタフが控え、少し後ろに離れた位置にイリナが立っている。


「全く身に覚えがありません。私がどのように虐めていたと仰るのでしょうか?」


 ライラは平然と切り返した。するとルドルフは懐からメモを取り出した。人を陥れようと思うなら、そのくらい覚えてから来いよとライラは心の中で毒を吐く。


「○月△日、貴様はイリナの教科書をビリビリに引き裂いて使い物にならなくしたな!」


「その日は王妃様のお茶会に招待されておりましたので不可能ですわ」


「ウソを申すな! 証人がちゃんと居るんぞ! さあ、名乗り出よ!」


 シーン...


 誰も名乗り出ない。ルドルフはどういうことだとグスタフを睨み付けるが、グスタフは青い顔で首を横に振るばかりだ。


「ふ、フンッ! 次だ次! △月□日、貴様はイリナを噴水の中に突き飛ばしたな!」


「その日は公務で学園を休んでいましたから不可能ですわ」


「ウソを申すな! 証人がちゃんと居るんぞ! さあ、名乗り出よ!」


 シーン...×2


「く、クソッ! どうなっているんだ!? 次だ次! □月○日、貴様はイリナを階段から突き落としたな!」


「その日は王宮で王子妃教育を受けてましたから不可能ですわ」


「ウソを申すな! 証人がちゃんと居るんぞ! さあ、名乗り出よ!」


 シーン...×3


「おいグスタフ! これはどういうことだ!」


「あうう...」


 グスタフはもう青息吐息状態だ。


「クソッ! 使えんヤツだ! まぁいい! こっちにはまだ確たる証拠があるんだ! イリナ! 来い!」


 そう言って後ろを振り返るルドルフだが、そこにいたはずのイリナが居ない。


「ここにおりますよ、ルドルフ殿下」


「な、なんでライラに寄り添っているんだ!? ま、まぁいい! イリナ! お前がライラから受けた仕打ちを正直に告白するんだ!」


「はい「男爵令嬢のクセに生意気よ」とか「男爵令嬢のクセに殿下に馴れ馴れしくしてるんじゃないわよ」とか毎日のように罵られたり、廊下ですれ違う度に足を引っ掛けられたり、挙げ句の果てに、取り巻きと一緒に取り囲んで水を掛けられたり...」


 イリナは泣き真似まで駆使して渾身の演技である。するとルドルフは一転して勝ち誇った様子で、


「そうかそうか、辛かったであろう。酷い仕打ちを受けたな。良く勇気を出して告白してくれた。待っていろ、今すぐその悪女に思い知らせて...」


 だがそこに、イリナの強烈なカウンターが炸裂する。


「というようなことを吹聴して回れとグスタフ様に指示されました」


「なぁっ!? い、イリナ! 貴様! 約束が違うではないか! 裏切る気か!?」


 慌てたグスタフの失言をライラは見逃さない。


「約束!? 裏切る!? 要するに私の悪評をでっち上げていたと解釈してよろしいですね?」


「......」


 最早グスタフは言葉も出ない様子だ。ライラはそんなグスタフを無視してルドルフに向き直る。


「ルドルフ殿下」


「な、なんだ!?」


 ルドルフは挙動不審になる。


「婚約破棄の件、謹んでお受けしますわ」

 

「ほ、本当か!?」


 ルドルフは一転して喜色満面になる。


「えぇ、ですからもう私に関わらないで下さいまし」


「あぁ、もちろんだとも! 貴様なんぞより俺様に相応しい方が居るんだからな!」


「それは初耳でございますね。差し支えなければ、どなたかお聞きしても?」


「聞いて驚け! 隣国のブレンダ王女だ! さあ、王女! どうぞこちらに!」


 そう言って扉の方に声を掛けるルドルフだったが、


 シーン...×4


「な、なぜだ!? なぜ王女が現れない!?」


 訳が分からず混乱するルドルフを尻目に、ライラは一人の男の名を呼んだ。


「マーカス、こちらに」


「はい、ライラ様」


 出て来たのはルドルフの執事だった。ルドルフの目が点になる。


「マーカス、あなたがして来たことを正直に話して頂戴」


「はい、私はずっとルドルフ様の手紙を代筆しておりました」


「ブレンダ王女宛の手紙も?」


「はい、その通りでございます。ただその...既に婚約者の居られる王女様に対し、お出しするにしてはかなりマズい内容ではないかと思いまして...外交問題に発展したら大変ですから、お出しする前にルドルフ様の婚約者であらせられますライラ様にご相談申し上げた次第にございます」


「な、なんだと!?」


 驚愕の事実を知らされ、ルドルフは呆然となった。


「そういうことです。マーカスから相談された私は、この手紙をブレンダ王女に見せる訳にはいかないと判断しました。だからマーカスに命じました。ブレンダ王女宛の手紙は全て私に送るようにと。殿下、あなたが文通していた相手は私だったんですよ」


 そう言ってライラは手紙の束を取り出した。


「そ、そんなバカな...」


 崩れ落ちるルドルフを尻目に、


「皆さん、お騒がせして申し訳ありません。どうぞパーティーの続きを楽しんで下さいね」


 そう言ってライラとイリナは手を繋いで会場を後にした。



~ 3ヶ月後 ~



「ルドルフは廃嫡が決まったそうよ」


「当然でございますわね。遅過ぎるくらいですわ」

 

「公金横領が決め手になったみたいね」

 

「やっと証拠が掴めたんですね?」


「えぇ、かなり巧妙に偽造してたみたいだけど。まぁでも、例の婚約破棄騒動だけでも廃嫡理由には十分だったんだけどね」


「これでやっとスッキリしましたね。お嬢様」

 

「ねぇ、二人っきりの時はお嬢様呼びをしない約束でしょ?」


「はいはい、ライラ。でも私はもうあなたの侍女なんだから、本当は良くないと思うのよね」


 そう、イリナは本人の希望でライラの侍女になっていた。 


「私がそうして欲しいからいいの」


「そう言えば、また婚約の打診があったんだって?」


「そうなのよ。瑕疵の付いた私に寄ってくるなんて物好きな人も居るものよね」


「大方、公爵家の財力と権力狙いでしょうから、また私が見極めてくるわね」


「いつも悪いわね」  


「気にしないで。私達はパートナーなんだから」


 そう言ってイリナは笑った。



~ fin. ~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢は腹黒ヒロインと手を組むことにした 真理亜 @maria-mina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ