第32話 メール③

 正確に切られたスタウルは、A4よりも少し大きいくらいのサイズになった。

 そこに先ほどの粉と油を混ぜたものを均等に塗る。右上に信号を受けるライト代わりに矢じりを加工したチップを四枚等間隔でのせてそれぞれに小さく印を刻み、上からもう一枚スタウルを重ねた。

「これで二枚を接着して完成です」

 アンジェラが魔力でギュッと圧縮をかけて素材を固定すると、厚さは一センチに満たない程度の一見黒い板の出来上がりだ。


(なんちゃって電子メモタブレット完成。見た目だけなら完璧だわ)


 心の中でニンマリ笑って懐中時計を確認すると、あと十分もしないうちに三時になる。ぎりぎり間に合った。


「次の文は三時にと約束してますが、グレンにも今、これと同じものを作るよう指示してます」

 アンジェラの言葉に皆、何を言っているのかよく分からないという表情になる。それでもエドガーとメロディの目は何が起こるのだろうという好奇心で、目がキラキラしていた。

「では、最初の実験です。指先に魔力を流します」

 アンジェラが人差し指の先に魔力を流し、タブレットに自分のサインを入れる。

「うん。ちゃんと書けますね」

 黒い板に青白い線で文字が書けたことに、子どもたちが歓声の声を上げた。

「アン先生。これは魔力を流せば誰でも書けるの?」

「ええ、メロディ。試しにこの辺に何か書いてみる?」


 アンジェラが下のほうの余白を指すと、メロディは少し考えて名前と小さな花を描く。そのあとエドガーが自分のサインを入れ、コンラッド、シドニー、ライラの順で試し書きをした。全員問題なく書ける。

「消すときは、上のこの部分を押せば消えるわ。消してみるわね」

 上中央に作っておいた細長い線のようなものを押しながら魔力を流すと、書かれた文字はきれいに消えた。


「さて、約束の時間なので実験を開始します」

 アンジェラは綺麗になったタブレットに再び自分のサインを入れ、一番上のチップに魔力を流した。タブレットの上から細い線のようなオレンジ色の光が炎のように現れ、一直線に下に流れて消える。

 そのまま数分経つと、先ほどの一番上のチップが青く光った。

「うまくいったみたいです」

 そう言ってアンジェラがチップをタップすると、今度は青い光のラインが現れて下に流れていく。すると今まで書いてあったアンジェラのサインが消え、代わりに上からゆっくりとメッセージが出現した。


【無事届きました。グレン ナタリー サム】


 表示された文章にどよめきが走る。

 間もなく二番目のチップが青く光ったのでタップすると、今度は先ほどのメッセージが消えて、力強く優美なヴィクトリアのサインが現れた。

 それにアンジェラとエドガーがサインを返す。

 同じことを複数回繰り返し、問題なく使えることが分かった。


「とりあえずあちらには、私の自宅、ヴィクトリア、それから旦那様の所用に三枚用意できたようですわ」

「これは、いったい」

 驚きに目を見張るコンラッドに、アンジェラは内心どう答えようかと首を傾げる。

 イリスの連絡手段は基本手紙だ。信号を使ってやり取りをする無線のようなものもある。王侯貴族の一部ならテレビ電話のような魔法を使える人もいるけれど、一般的ではない。

 普通の市民だと、上流階級であっても電話に近いものもないし、電子メールもないのだ。


 アンジェラの感覚では、これはメッセージアプリ(ただし手書き)。そう言って通じるだろうか、いや無理だろう。

「ええと、矢文を使わず、魔力を飛ばす手紙です」

 他に説明しようがない。

「幸いこの世界は、イリスと何かの道でつながっています。その見えない道を召喚のように物質を飛ばさず、かわりに小さな魔力を飛ばしているんです」

 アンジェラはタブレットの文字の部分を指さした。


「これはタブレットという道具ですが、ええと、数字にしたほうが分かりやすいかしら。この文字や絵を描いた青白い部分を例えば一。何も書いてない黒い部分をゼロとして、一の部分だけを信号として送ってます。同じ場所に信号を受けた部分が表示される仕組みです。その為向こうにも、同じ比率でタブレットを作ってもらいました」

 そうすれば多少大きさが違っても、拡大縮小されるだけで同じように表示される。


「まだ試作なので小さな文字にすると潰れますけれど、おおむねこれで連絡が取れますわ。このチップの四枚が相手と連動してます。上からドランベル、ヴィクトリア、ウィング家。最後の一つは予備です」

「これは――通信技術の革命ですね」

 唖然としているのと同時に興奮しているような実業家らしいコンラッドの言葉に、アンジェラは小さく噴き出した。たしかに。

「そうですね。もう少し試行が必要ですけど、うまく製品化したら売れるでしょうね」

 これで例えアンジェラが戻らなくても、グレンたちの生活は安泰だと安堵する。ドランベルの事業はうまくいっているけれど、当主交代の時は毎度色々あるのだ。


(瓢箪から駒とはいえラッキーだったわ)


「ドランベルと旦那様の所。それからヴィクトリアの所の共同事業にしたら、安定的な事業になりそう」

 三家はそれぞれ異なる分野の事業だが、その分世界的に広がる事業を想像してふふっと笑って見せると、コンラッドは驚いたように目をしばたく。

「ですがこれは、貴女のものだ」


「あら。譲るのではなく協力をするのですよ。これは仕事です。嫌ですか?」

「まさか。喜んで手を組ませてもらいます」

 エドガーが小さく口笛を吹き、社長の顔をしたコンラッドが強く頷く。

 彼とグレンならうまくやってくれるだろう。

 彼が暁の狼だったことは、グレンたちにも教えておいた方がいいかもしれない。


「まあ、それにはまず、向こうに旦那様たちが帰ることが先決ですけど。――残った材料でもう一枚同じものを作れそうですね」


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※アンジェラの作った通信システムは、どちらかと言えばFAXでしょうか。

でも前世、21世紀の日本に生まれて自宅にFAXがなかったアンジェラは、入院生活が長かったこともあってメッセージイコール、メールやメッセージアプリという発想になるのでした。

(参考文献・「テレビの秘密、ファックスの謎(竹内均 編)」)

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