第31話 メール②

 アンジェラはコンラッドが手紙を前に考え込んでいるのを見ながら、彼が顔を上げるまで思う存分メロディの頭を撫でまわした。おかげで気力だけはだいぶ回復した気分だ。


「この手紙が本物であることも、どのように受け取ったかもわかりました」

 そう言ったコンラッドの目が少し怖い。

「アンジェラ。だからそんなに顔色が悪いのですね」


(え? バレてたの?)


「いやですわ、旦那さま。気のせいです」

「いいえ、気のせいではない。さっきだってスープを飲むのがやっとだったじゃないか。いや、否定しなくて結構。続けざまに貴女が魔力を使っているのをこの目で見てるんですよ。現にさっきだってフラフラだったのに、更に負担をかけるなんて何を考えてるんですか」

 そう言って立ち上がると、メロディに場所を交換するようにと命じる。

 メロディがにっこり笑ってエドガーの横に立つと、どかっとコンラッドが隣に座り、アンジェラの頬を両手で挟んで目をのぞき込んできた。ここの主人である彼に相談しなかった負い目もあって言い訳することもできず、なんだか見世物になったような気分だ。


 コンラッドは怒鳴りつけたいのを我慢しているかのように、かすかに震えながら何度も口を開いては閉じた後、肩で大きく息を吐いて呻くように

「その召喚は、私にもできますか?」

 と尋ねた。


「いえ、たぶん無理です」

 嘘ではない。


 引き出すことの発想はアニメだったけれど、理論的にはネットのクラウドだ。

 フォルダを作ってアイテムを保管し、IDとパスワードを使って他の場所からもアクセスできるようにしてあるのと同じ。

 つまりそれには紐づけが必要で、アンジェラも現時点で送受信ができるのは自分の弓矢や剣だけだ。その中でも一番軽い矢に文を結ぶ形で送ったり受け取ったりが出来ている。

(この発想も、前世で子どもの頃テレビで見た矢文を思い出したからだしね)


 コンラッドの魔力と水呼びができるほどの技術力なら、あらかじめイリスで何かに紐づけをしていればきっと可能だった可能性は高い。しかし普通召喚など無駄に魔力を消耗する術は気軽にするものではないのだ。事実コンラッドは使ったことがないと肩を落とした。


 あちらに連絡ができるなら色々したいことが多いに違いない。

 けれどアンジェラの負担を考えるとできない。

 たぶんそう思ってるのだろう。

 こんなことに巻き込まれてしまった彼は、アンジェラの負担など気にしなくていいのに。


 頬の手を外しながら

「ここにいるのもあと数日の辛抱ですから」

 というアンジェラに、コンラッドは怪訝そうな顔をした。


「ヴィクトリアから、エドガーを召喚したこの世界の魔導士に連絡をしてもらっています。彼らがエドガーを迎えに来たら、きっとこの館もイリスに送り返してもらえますわ」

「そう、ですか」

 今一浮かない顔のコンラッドを安心させるように頷き、アンジェラはドアの前に立つシドニーのほうを振り返った。


「シドニー、今朝お願いしたものは見つかりましたか?」

「はい。お望み通りかは分かりませんが、今ライラが取りに行っております。あ、持ってきたようですね」

 シドニーがライラを通すのに大きくドアを開く。

「アンジェラ様、見つかったのはこんな感じのものですけど」

 そう言ってライラが見せてくれたのは、透明なガラス板のようなものだ。

 実際にはガラスではなくスタウルというもので、どちらかと言えば軽くて丈夫なアクリル板に近い。図書室で古い本を保管するのに使うケースの、予備の部品だそうだ。


「旦那様、矢の召喚の代わりになる方法を考えたのでこれを使いたいんですけど、頂いてもよろしいでしょうか」

 色々加工しなくてはいけない為、もし大事なものなら他のものを考えるというアンジェラに、コンラッドは「もちろん構いません」と言ったが、何をするのかと懐疑的な表情になっている。


「もちろん試してみたわけではないので、うまくいくかどうかは分からないんですけど。ライラ、お願いした灰はできましたか?」

「ここまではなんとか」

 今朝ライラとシドニーに、飛竜の皮の一部を灰にしてほしいと頼んでいたアンジェラは、ライラが持ってきた古い金属製の箱をのぞき込む。

「うーん。手ごわいですね」

 中にあった皮は炭化しているが、指で触れるとまだ石のように硬い。灰になっている部分もあるけれど、欲しい分量には全然足りなかった。イリスにいれば簡単に手に入るイロン粉の代わりにと思ったのだけど……。


「エドガー。悪いんだけどこれをサラサラの粉にしてくれないかしら。イロン粉の代わりにしたいの」

 アンジェラがエドガーを手招きすると、横からのぞいていたコンラッドが、「それなら私がしましょう」と手を出す。

「いえ、旦那様には力を温存していてもらいたいので、ここは彼に頼みます」

「温存?」

「はい。この後力になっていただきたいので」

「……わかりました。貴女がそう言うなら」


 不承不承頷いたコンラッドに微笑み、エドガーに箱を渡す。

「できるだけ細かい粉にしてほしいの。柔らかく感じるくらいに細かく。砕いたあと、ギュッと圧縮してすりつぶして。できそう?」

「了解です。さっき解放した分の力もあるから簡単だ」

 ざっくりした説明にもかかわらず、エドガーはワクワクした表情でアンジェラに言われた通りに魔力で力をかけてすべて粉にした。息を吹き込めば舞い上がりそうな黒い粉は理想通りの出来だ。

「素晴らしいわ」


 次に先ほどのスタウルの寸法を測って、縦と横の比率が三対四になるよう線を引いた。

 この線の通りにカットするよう、またエドガーに頼もうかと思ったものの、首の後ろあたりにコンラッドの視線がチリチリするので結局彼に頼むことにする。

(一度は甘えておかないと、絶対引かなそうだものね)


 コンラッドを見ると、何を考えてるのかよく分からない彫像のような表情になっている。その冷たい顔は学生時代を思い出させ、アンジェラはつい口元を緩めた。

 暁の狼だった頃の彼なら、同じ表情でも何かを真剣に考えている時の顔に見えていたはずだとわかったからだ。


「旦那様。怖い顔になってますわ」

 アンジェラが柔らかく微笑んで見せると、コンラッドはハッとして、次いできまりが悪そうに小さく笑った。

「すみません。色々考え事をしていて」

 怖かったですか? と小声で聞かれ、アンジェラは励ますように彼の手を軽く二回トトンと叩いた。

「いいえ、まったく。旦那様にお願いがあるんです。これらのスタウルを、線の通りに切りたいんです。お任せできますか?」

「お安い御用です!」


 パッと輝いた顔に思わずキュンとしてしまい、アンジェラは思わず目を伏せる。彼の美しい彫像のような顔よりも、子どものようにキラキラ光る眼の破壊力に内心頭を抱えた。早く離れないと後戻りが出来なくなる。そんな危険な予感にゾッとする。



「剣をふるうので、外のほうがいいでしょう。すぐ戻ります」

「ええ、お願いします」


 立ち上がる彼に、一瞬愛し気に頬を撫でられたアンジェラは息を飲み、湧き上がる何かの気持ちとふいに溢れそうになった涙を必死に押し殺した――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る