小牧原美心はいただきますが言えない 10

 暗い廊下は真っすぐ二十メートル程伸びていて、左側に教室が二部屋ある。手前から「2-A」「2-B」と札が出ていた。一番奥は防火扉で閉ざされおり、案内のスタッフが言っていた通り、その扉には南京錠がされていた。扉の先は恐らく下へ続く階段になっているのだろう。


「結構暗いな」

 暗さに目が慣れていないのか、雪輝は目を細めて周りをぐるりと見渡した。隣にいる來華はもちろんの事美心も少し不安そうな顔をしている。


「來華ちゃん、大丈夫?」

「え、えぇ……まだよく見えていないけど」

「私も……というかなんか來華ちゃんって呼ぶの慣れないね」

「無理に呼ぶ必要ないわ。要はそのクビキリさんとかいうものが現れた時にその呼び方すればいいんでしょ」

「でもとっさに出るかな……」

「二人とも、とりあえず教室入るぞ」

「えぇ」


 三人はそのまま手前の教室「2-A」に向かう。

 その前に、雪輝は教室側の壁に飾られた絵に目がいった。暗くてよく見えなかったが、子供が描いたような拙い似顔絵が十何枚と飾られていて、少し不気味に感じた。

 後ろにいる來華もその絵に気づき、跳ねる様に顔を背ける。その様子に連鎖するようにして美心も絵に視線を奪われた。そして同じような感想を抱いたのか、來華の手をそっと取って握る。來華もその手を振り払うことはせず、むしろその手に力を込めた。


 引き戸を開けて中に入る頃には三人の目も慣れ初め、教室の中の様子がよく見える様になる。

「教壇と教卓、黒板と、それに机が……ひーふーみー……」

「十六席ね。一列四席で四列あるわ」

「あっ、テルキチ。教卓の上に何かあるよ」

「……結局俺はテルキチのままなんだな」


 そうぼやきながら雪輝が前に出て、美心の見つけた教卓の上の紙を手に取る。


「これは、名簿か」


―――――――――――――――

 名簿

1 加藤由佳

2 木下桃

3 久野美冴

4 今野栄太

5 高田瑠璃

6 

7 竹中浩二

8 時田けい子

9 本田奈津子

10 松田武

11 山岸ハナ

12 屋良博

13 遊佐春樹

14 吉田一志

15 六谷美羽

16 和田翔太

―――――――――――――――


「このクラスの人たちの名前みたいね。人数も十六で、ここの席数と一致するわ」

「一人名前が消えてるけど、なんでかな」

「まぁそこが何かありそうだな」

「セオリーから考えるに、この消えている名前がクビキリさんになった生徒の名前なのでしょうね」

「なるほどね。とりあえず色々漁ってみるか。机の引き出しとかに何か入っているだろ」

「そうね……時間もないし、それにいつそのクビキリさんが現れるかも分からないし」


 三人は手分けして机の中を漁り始めた。暗い教室に足音と椅子を引きずる音だけが鳴り響く。


「この列は何もないわ」

「俺の所も」

「あっ、この席何か入ってるよ」


 美心が引き出しから何かを取り出して言った。

「ノートと、これはなんだろう。鍵付きの日記帳かな。開かないね」

 二人も美心の元に集まって、とりあえずノートの方を開いてみた。

「最初のページに何か書いてある」


―――――――――――――――

 日記の鍵を隠された。

 だから今日は臨時でノートに書いている。

 隠し場所は隠した人の名前にヒントがあるらしい。

 でも誰が隠したか分からない……


 見つけたら絶対に殺してやる。

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

―――――――――――――――


「えっ、こわ!」

「怨念が凄いな」

「でも、とりあえずやる事が分かったわね。この鍵を隠した犯人を捜して、その名前を頼りに鍵を探す。それが最初の謎解きでしょ」

「誰が隠したんだ一体?」

「……小牧原さん、このノートが入っていたのってここの席で合ってる?」

「うん」

「吉祥寺君。その名簿貸してもらっていいかしら」

「あ、あぁ」

 雪輝は言われた通り手に持っていた名簿を來華に渡す。受け取ると顔を近づけて名簿を確認し、席の数を数え始めた。

「やっぱりね。ここの席、教室の右手前から数えて六番目にあるわ。そしてこの名簿の名前が消えている生徒の出席番号も同じ六番。同じ番号よ。ノートの内容から考えるに持ち主がクビキリさんと想定すると……」

「この席は出席番号順に並んでいるってわけか」

「そう考えるのが自然ね。ヒントになるか分からないけど」

「凄い! きっとそれ凄いヒントだよ!」

「えぇ、誰がどの席に座っているかは重要かもしれないわね」

「流石学年一位」

「小牧原さん、ノートには他に何か書かれていない?」

「ちょっと待ってね……」

 美心はノートをパラパラとめくる。しかし最初の一ページ目以外は真っ白だった。

「駄目……なんにも書いてない」

「ヒント無しなのね」

「……流石にそれはないだろ。どっか他に探していない所があるかもしれない」

 雪輝は周りを見渡した。

「教卓に引き出しは?」

「見てくる!」

 美心は小走りに教卓に向かう。ダンっと教壇の木の音が響き、來華が少し驚いたように肩をすくめた。

「……うーん。何も無さそう」

「そうか……他は……」

 再び周りを見渡す雪輝だが、すぐに教室の端っこに置かれたゴミ箱を発見する。そのままゴミ箱に直行した。

「何か入ってるぞ」


 ゴミ箱に突っ込んだ手を引き抜き、中から紙を取り出す。

 するとその時、廊下の方で『カン……カン……』と何か金属がぶつかる様な音が聞こえてきた。三人は音のした方に顔を向けて硬直する。


「これ、来たんじゃねぇか」

「え、ど、どうしよう」

「お、お、おおおおおおおおお落ち着いて。よ、予定通りに吉祥寺君に」

「お前が落ち着け! とりあえず紙置いておくからな」

 雪輝はゴミ箱から取り出した紙を目の前の机の上に置き、出入り口を確認する。普通の教室と同じように手前と後方の二か所に出入り口がある。自分たちが入ってきた教室後方の扉は開けっ放しにしてあった。出るならそこの扉からだななどと考えを巡らせていると、廊下の金属音が更に近くなり、三人に緊張が走った。


「……来るぞ」

「え、ちょっと私まだ心の準備が……!」

「お、おおおおおお、おお落ち着いて」

「だからお前が落ち着けって」


 『ガンっ』と今まで一番大きな音が響き、來華と美心が小さく声を上げる。驚かすようにわざとらしく教室前方の扉が叩かれている様だ。

 そして勢いよく扉が開かれ、三人の前に噂の悪霊が姿を現した。

 全身が闇の様に真っ黒で、不気味な白い仮面だけが浮かび上がっているかのように見えている。八十センチ程はありそうな大きなハサミを両手で抱え、ゆっくりと教室を見渡すクビキリさん。そして目が合ったのは教壇の上にいた美心だった。彼女の方はと言うと、思考が止まった様にただその悪霊を見つめて立ちすくしていた。

「小牧原!」

 雪輝が叫ぶと美心の思考も戻り、はっとして教室の端に逃げた。しかし悪霊の方もハサミを開き、そのまま追いかける様に美心の方へと一目散に走り出す。

「ひぃぃ!」

 クビキリさんから逃れる方法は一つ。次のターゲットとなる友達の名前を呼ぶこと。

 しかしその悪霊は、大きなハサミを持っているにもかかわらず意外に身軽で、教室の入り口から美心の元まで二秒もかからなかった。

 体が黒いせいか、遠くにいた時はその全身は闇に紛れていて具体的な大きさを把握出来ていなかったが、美心はその悪霊を目の前にして、単純な体格差に恐怖を感じていた。


「……ゆ」


 掠れるような声がやっとの事で発せられる。しかし悪霊は大袈裟にハサミを持ち上げ、そのクビキリさんという名前の通りに、彼女の首にハサミをかけようとしていた。


「ゆ、雪輝くん……!」


 目を瞑って美心はそう叫んだ。すると悪霊は動きを止め、美心の頭上に持ち上げたハサミをゆっくりと下ろす。そのまま次のターゲットになった雪輝を探すように辺りを見渡した。しかしもうすでにこの教室に彼はいなかった。


「小牧原さん!」


 ぺたりと床に座り込む美心の元に來華が駆け寄る。

「大丈夫?」

「う、うん。テルキチは?」

「彼ならもう教室を出たわ」

 それを聞くと美心はほっとしたように息をつく。

「そっか、はぁ怖かった……」

「安心したようにしてるけど、クビキリさんまだ横にいるのよ……」

 來華は隣に立っている悪霊を見上げて言った。

「……ターゲット以外には本当に何もしてこないわね」


 するとまたハサミを抱え上げ動き始めた。二人は驚いて思わずのけぞる。

 しかしそんな二人には見向きもせず、悪霊は雪輝を探して教室を歩き始めた。

「び、びっくりしたー!」

「え、えぇ……」


 二人は肩を合わせて壁に張り付くように座り込んでいる。

「と、とりあえず吉祥寺君が時間を稼いでくれるから、それまでに謎を解きましょう」

「う、うん。私も頑張る! よろしくね、來華ちゃん!」

 來華は立ち上がり、机の上に置いてある雪輝の残した紙を手に取った。

「それさっきテルキチがゴミ箱で見つけた紙?」

「えぇ、見たとこメモ用紙の様だわ」

 美心もそのメモ用紙を覗き込む。


―――――――――――――――

 アイツの持ってた鍵って誰がどこに隠したの?

 私気になって授業全然集中できない~

 読んだら後ろに回してね♪



 僕は知らないよ



 やったのはアタシ♪

 どこに隠したかは内緒~



 お前かよ!

 俺以上に酷い事するな~

―――――――――――――――



「何かしら、これ……」

「見た所手紙っぽいね」

「手紙?」

「うん。ほらよく授業中に回したりするじゃん」

 來華が首をかしげる。

「……もしかしてやった事無い?」

「あるわけないでしょ」

「そ、そっか。まぁ私も正直あまりいい思い出無いから同じようなもんだけど」

「でも分かったわ。この文章の区切りごとに別の人が書いてるって事ね。ネット掲示板みたいなものか」

「そうそう。で、授業中に先生にバレない様に横とか後ろの席の人に回すの」

「今回は後ろに回してって書いてあるわね」

「みたいだね。でもそれ以上の事は分かんないや」

「やったのはアタシ……鍵を隠したのは女子生徒。名前にヒントが隠れているのなら、名簿の中の女子生徒でそれっぽい名前の人はいないかしら」

 來華は名簿を取り出して机に置く。二人して顔を並べてその名簿を食い入るように見つめた。

「えっと女子生徒の名前は、加藤由佳、木下桃、時田けい子……えぇと由佳は床で、木下はそのまま木の下って意味で、時田けい子は時計になるし、なんかみんなそれっぽい名前してる……」

「本田奈津子に山岸ハナここら辺もそれっぽいわね。本棚と花。手当たり次第に探してみてもいいけど、時間が掛かり過ぎるわね」

「何か他に手掛かりは……」

 それぞれ手紙を読み返したり、名簿を見直して手掛かりを探す。そうしていると、教室内をうろついていた悪霊のクビキリさんが廊下に出ていった。

「マズいわね。不気味だったけどここにいてくれてた方が良かったのに」

「テルキチ―!」

 美心が大きな声を出す。

「クビキリさん出て行ったから気をつけてね!!」

 すると遠くの方からカンカンと、何かを叩く音が返事の様に返ってきた。

「とにかく私たちはこの問題を片付けましょう」

「うん」

 來華はもう一度手紙を読み直した。『やったのはアタシ』その文面から鍵を隠した犯人を女子生徒として、容疑者を半分に出来たのは良かったが、そこからが絞れない。


「気付いていないだけで他にも必ずヒントがあるはず……鍵を隠した犯人の一人称から女子生徒にまでは絞った……一人称……。『私気になって授業全然集中できない』『僕は知らないよ』『やったのはアタシ』『俺以上に酷い事』」

 手紙の内容を声に出して読み上げた來華は、小さく笑って「そう言う事……」と声を漏らした。

「何か分かったの?」

「ええ。他の人たちも一人称を使っているわ。私、僕、アタシ、俺。この手紙、前から後ろに回していたのよね。つまり席順が女、男、女、男ってなってるわけ」

「なるほど! 席は一列四席だから……」

「そう。出席番号を四つずつで分けて、並び順が女、男、女、男になっている列が手紙を回していた生徒達のはず」

 美心は名簿を手に取って数え始めた。出席番号四番まで、つまり教室右端の列の並びは『女、女、女、男』次の列、出席番号八番までも『女、男、男、女』となり該当しない。しかし次の列。出席番号九番から十二番までの並びは、來華の言っていた『女、男、女、男』となっていた。

「見つけた! あそこの列だよ! ……ってことは、その三番目の席だから……鍵を隠したのは『山岸ハナ』さんだ!!」

「ハナ……どこか花のある所に鍵が隠されているかもしれないわ」

「探そう!!」


 來華と美心は周りを見渡す。教卓の上、後方の棚、掃除道具入れの上、花や花瓶といったものが置いてありそうな場所に目を向けるが、何も見当たらなかった。


「この教室じゃないのかも……小牧原さんはここ探してて、私はもう一つの教室を見てくるわ」

「う、うん」


 來華は廊下に出て隣の教室に入った。するとそこでハサミを抱えて徘徊するクビキリさんに遭遇する。雪輝を探している様だ。

 その姿を見て來華は一瞬固まったが、自分はターゲットになっていないと言い聞かせ、なるべくその不気味な姿が目に入らない様に教室の探索を続けた。

 教室のレイアウトはさっきの部屋と変わらない。四×四列の席と教壇と教卓、後ろには棚と掃除道具入れがあった。ざっくりと見渡してみても『花』の類は見当たらない。こっちの教室に花瓶でも置いてるのだろうと楽観的に考えていた來華は少し不安を感じた。

「……私、何か間違えていたのかしら」

 何か見落としは無いかともう一度ぐるりと教室を観察する。しかしやはり花や花瓶といったアイテムは見つからなかった。ハサミを持った悪霊がただ静かに徘徊しているだけだ。もしかしたら廊下にあるのかもしれないと教室を出ようとした時、教室に雪輝の姿も見えなかったことを思い出した。

 すれ違いで廊下に出ていたのなら気がつくはず。つまりまだこの教室のどこかに隠れているのだろう。隠れられそうなのは掃除道具入れぐらいだった。


 來華は振り返り、その掃除道具入れに目をやる。すると丁度、教室を徘徊していたクビキリさんが掃除道具入れの前で止まっていた。


「……吉祥寺君!」


 とっさに叫ぶが、もう既にクビキリさんはハサミを構え、扉に手をかけていた。


 そして雪輝に次のターゲットの名前を呼ぶ間を与えまいと、勢いよく扉は開かれた――

 

 

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