14.黒衣の男


「ヒト保全スフィア――ん、先はどうした」

 この荒廃しきったジャンクの上で、黒衣の男は一人生き続ける。腐った飲料水を飲み、肉がこびりついた骨をしゃぶり、人を殺してでも生活物資を掴み取る生活を送ってきたのだ。その原動力となったのが、おそらくネーブルから出てきたであろう、あらゆる物語を自動記述するこの機械だった。

 無限軌道創作装置と銘打たれたこの鉄の塊は、中央に開いた隙間に紙などの記入物資を投入するとそれに文字を羅列し続ける。このブラックボックスが物津波と世界崩壊を引き起こした元凶、ネーブルとリバンを解くカギと信じて男はここまで持ち歩いてきた。だがこの瞬間、ネーブルに何があるかが記述されようとする今まさに、動かなくなっていた。

「このポンコツが!」

 男はこの装置を物凄い勢いで鉄の長机にたたきつけた。粉々とまではいかないが、六つほどのパーツに分散してみたこともない物質が飛び出た。

 男は破片からにじみ出るインクを踏みにじり、先へ進む。コンパスが指す南にネーブルがあるはずだった。腹いせに、手持ちのハンドガンを放つ。少し遠くに落ちている瓶を、三発で割った。

 見回して、気づく。

「あ?」

 いつの間にか彼はなだらかな斜面を登っていたらしい。息抜きに後ろを向けば、明らかな高低差である。「ネーブルは平たい火山のよう」という、装置が記述していた情報が脳裏に浮かぶ。銃を腰にしまって、死にもの狂いであたりを見回す。最も高い場所――《火口》はどこだ。

「これ、は」

 そして彼も、をとうとう見つける。架空の物語を道しるべに、現実たる物語の真相を、今目の当たりにした。


 この黒衣の男が見たは、数えきれないほど大量の①□□□□□に囲まれて眠る読者あなただった。

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夢の島旅団 凪常サツキ @sa-na-e

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