12.三十九日目


「では、ぼくはちょっと、この7C機の部品を探してきますので」

 天才は、あれから当然のごとく夢の島旅団へ迎え入れられました。この何もなくなった平等世界でも道具や装置を作れる科学者に対して興味を持ったこと、そしてネーブルを見つけ出すという共通の目的に共感したことが加入の理由でした。どうmこ彼は自分の関心を惹く集団を待っていたらしいのです。と言っても、物津波後に話しかけられたのは元カノが初めてだとも言っていましたけれど。

 一方彼の頭脳によって科学者は全く新たな形式の7C型コンピュータの作成に取り掛かることができましたし、社会人が欠員したことによって少々めんどくさくなった麻雀も、また再開することができました。それに、この食料飲料に満ちたジャンクの上で労働力が一つ増えるということは、物資を一人分多く消費する欠点以上の利点があります。とにかくこの三十九日の間に様々な出会いがありましたが、天才は最も頼れる情報知識源の一人です。

「お前は働きたいと言っていたな」

「そうなんです。でも働けないんですよ。これは僕個人レベルの話なのに、家内さんをはじめ、皆さん休めと言うんです。ハレーション、甚大です」

 二人きりになりがちだった社会人と天才が、とうとう二人きりで会話をしました。何となく歯切れが悪いやりとりになりがちだったので、二人とも避けてきたきらいがありますが、今回は天才に、何か思うことがあったようでした。

「一つ言えることがある。人の下につくな。ここの者たちは、皆地位を作ろうとはしていないのだろう。ならば、それに従うべきだ。それに、物の豊かさ、貧しさ、位の高い低いが必ず争いを生むことになるのだ。目を覚ませ若人よ。なぜ物津波が起きたか。なぜ世界の権威知能がこの世界を望んだのか、教えただろう」

「共存、ノアの方舟」

 確かに、この前目にしたノアの方舟を見た時、すでにあそこには組織だった体制があるように見えました。おそらく、燃料を取りに降りてきた人たちは、下っ端でしょう。

「働くのは、悪いことでしょうか」

「むしろいいことだ。吾輩が言いたいのは、無理に序列を作るなということにある。文明が格差を生む。格差が不幸を生む。全人類の幸福度は圧倒的に原始時代のほうが高かっただろうな。これに戻りたいように思える。お前の行動が、そう見させる」

 自然と、社会人の目尻は涙で潤います。

「なんで、私はこんなに、ここまでして働きたかったんでしょうかね。変な言葉遣いも抜けません。極論、現に自然に出てきてしまうんですよ。公私のゾーニングが」

「もうよせ。私のこうした対応は、お前の心情に悪い影響しか与えないのは目に見えている。お前が立ち直ったら、ネーブルへ行くのだ。頭を死ぬ気で働かせ、完治させてみろ」

 天才が出て行って、入れ違いに家内が拠点に入りました。暗くて涙はあまり見えなかったのが、社会人の固いプライドを守り抜きます。

「家内さん、いつもありがとう、ございます。お礼をいわさせてください」

「急にどうされたんですか」

「別に、どうにもないです。とはいえ、とはいえ。心を新たに、健康にして皆さんに迷惑をかけないように努力しますので、お願い申し上げさせてください」

 早速の社会人節が、家内に小さなため息をつかせました。

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