11.天才の語り


「吾輩は、簡単に言えば東京国の政府要人だった」

 長い長い彼の語りは、ここから始まりました。

 東京国と言えば二〇四七年に日本から独立した都市国家で、国籍関係なく優秀な知的労働者と研究者を取り入れたとこにより世界有数の大国となっています。

「二〇○○年からの三十年でエネルギー需要は二倍になった。そこから先の三十年では、さらにその三倍になった。このままいけば地球は数十年後、あらゆる資源が枯渇する……。そう語りだした東京国権威知脳アマテラス――私は彼女と接点があったのだ。彼女は、人類をヒト保全スフィアにて保護しようとしていた」

 それは独断ではなく、各国の権威知能同士が繋がるインテリネットで決まったものらしいのです。とすれば世界の主要大国の権威がほぼ全てそれを承諾したことになります。

「その保全スフィアが大きな議題だった。地球に作るか、宇宙空間に設定するか、他の星か。結局それは地球そのものとなった。それが故の、現状なのだよ」

 天才の言うことには、ヒト保全スフィアはその名の通り人類を絶滅から守る為の保護空間であり、このまま文明発展がなされると人類が根絶やしになるとする理論から出現したといいます。

「だが、地球は無数の核兵器や戦争の火種を抱えている。何らかの手法によって全世界を無害化し、尚且つ有害な文明を再発させぬような策が必要だった」

 地球から全ての核兵器をなくしたとしても、新たに強力な兵器を作る、人間とはそういうものだと権威知能たちはしっかり認識していました。ではどうするか、その答えとして提示されたのが「地表を何かですっかりおおってしまうこと」でありました。これによって地球の生態系や環境こそ機能不全に陥りやがて停止してしまいますが、その地表を覆うものが人類を生存させるものであれば生き延びることが出来るのです。

「ゆえに、ネーブルから湧き出たジャンクは人々の欲望だ。初期には高価な物品が多く、徐々に必需品が多くなったこともそれによる。ここまでが、私が聞いた事実らしきものと憶測の組み合わせだ。どのようにしてネーブルやリバンが生まれたか、もしくは作られたかなど全く知る由もない。

 しかし人類がすでに半保護されたということは現実としてある。確かに多くの人々が死に、目に見える生物はほぼ絶滅に追いやられた。それでもその上には、半永久の平和が仁王立ちしているのだよ」

 人類にとって最も幸せな状況とは何なのでしょうか。高度な技術を有した文明と世界では、確かにぬくぬくとしたものに包まれながら世界中の物や情報に接続できます。何をしなくても楽しいものが得られ、生命を維持することなど当たり前すぎて考える必要もありません。それが全ての人類に平等に分け与えられれば楽園ですが、そうはいかないのが多様性と知性を持ち合わせるホモ・サピエンスなのです。

「二十一世紀の中葉まで、いまだに全世界の一割が、安全な水すら確保できる状況ではなかった。安定した食料や文化的な生活以前に、だ。東京やアメリカ、インドではドールすら闊歩していた時代のはずだったがな。水星は太陽が近すぎるし、火星は遠すぎる。地球はバカが多すぎた」

 例え物津波によって生活が苦しくなる人がいようとも、数十億年の歴史が育んだ生命が息絶えようとも、全ての人に究極の平等が与えられる極上の共存世界……、目の前に広がる光景は、こうして出来上がった環境だったのです。そしてこの判断は人間ではなく、ほぼ全てが人工の知性によって下されたことは特筆に値するものではないでしょうか。

「しかし。絶対平等平和の平安の世が、こんなにもカラフルだったとはな」

 こうして天才の語りは、一言一句違わず元カノ、科学者、社会人、家内に伝えられたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る