10.三十日目


 社会人は今なお寝込んでいます。というより寝込まされています。本人は起きて仕事をしたがるのですが、それでは二の舞三の舞に至るであろうことは、専門の知識を持つ家内でなくてもわかります。

 現状をこれ以上悪くしないためにも、元カノと、いつもはあまり動かない科学者が物資調達のために出動しました。

「キウイ」

 元カノが⑤□□□の上にキウイの保存食を見つけました。確か社会人が息を荒らげて好きと言っていた数少ないものがキウイだと、そう思い出して見上げると、向こうに小高い丘の上、その先に一人の異様な人影が見えました。異様な、と感じたのは、その動きです。遠目でもわかる無造作に炸裂させた髪型と、両腕を振り上げ降り下げる動き。まるで指揮者のようです。


「おっさん」

 ドライキウイを片手に丘の上に来た元カノが、少し遠くから声を掛けます。こちらを振り向いたその顔は、意外にも毛髪から思い描くような厳格なものではありませんでした。それどころか、何やら心底楽し気です。

「あの、こんなとこで、何してんの」

「小娘」

 言いながらもう一度、初老の男は振り返ります。その方向ではジャンクを見ているとしか思えず、元カノは徐に近づいていきました。

「小娘、見てみろこの混沌の波紋を。色とりどりの、物津波」

「いや毎日見てっけど?」

「過去にこれと全く同じ光景を果たして見たことがあるというのか。そこの郵便受けとコンテナが抱き合っている光景を? 拡張端末オーグを付けたようなキャスケット帽を?」

「いや、まあ」

「これこそが平和だったのだ」

 言葉遣いは少し古めかしいだけですが、内容が全く頭に入ってきません。虚空を指揮する老人など変な人じゃないわけがなかったと、反省しながら物理端末を操作する元カノに、男が食いつきます。

「お前、それは」

「ああ、これ? 作ってもらったんだよ、友達に」

「ほう、この期に及んで、物の具現化を可能とする道具と技術があろうとは」

「じゃあ行くわ。これからまだ食料探さないとだし」

「待て」


「それで、こちらに来られたというわけですか」

「うむ」

 科学者に会いたいといってきかなかったこの男を、元カノは仕方なしに拠点に連れてきたのでした。残念ながら、その科学者はまだ帰ってきていません。その代わりに皆が麻雀をしたり、拠点とネーブルの位置関係を調べる装置に関心を持っていました。

「お名前は」

「吾輩は天才だ」

 そして天才は、科学者が帰って来るやいなや猛烈な勢いで様々な質問を浴びせかけます。元カノと家内が「彼の名前は天才で云々」と、要所要所に情報を入れないと状況がつかみにくいためです。

 そして、

「天才さん、あなたを先生と呼ばせてください」

「よかろう」

 科学者は天才の天才性に惹かれたか、目を輝かせながらそう言い放ちました。




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