5.五日目
二人が共同生活をしてから五日が過ぎ、ジャンクの中から見つけた有用物品の数は着実に増えていきました。また、数人の漂流者とは食料飲料や④□□と引き換えに
「じゃあ、そろそろ移動すんの?」
「そう、かもね。ずっととどまっているよりは、少しでも進んだ方がいいのは事実だと思う」
二人とも、物津波とリバンの恐ろしさは十分に理解しています。腐ったヘドロの塊が、不気味なほどにゆっくりと自分たちの住む町に押し寄せる恐怖。リバンが大口を開けて何もかもを飲み込む恐怖。ネーブルによって引き起こされた一連を見てきた人々はみな、常にリバンから遠ざかるようにする生活様式を常識としていました。ジャンクの上にいては、じきにリバンに飲み込まれて死ぬ。それに、物津波の影響を受けなかった高い土地すら、海水がなくなった今雨も降らず、生態系は崩壊していました。つまり高地にいればジャンクに流されずに済むとはいえ、生活必需品を得るためにはジャンクに降り立たなければならないというジレンマが、自然の摂理としてあるのでした。
「んでさ、どっち行けばいいんだっけ?」
「こっからは確か南東なんだけど、えーと、でも一応ほかの人にも聞かないと、もしかしたらボクたち、ジャンクに変な方角に流されてるかもしれないから」
物陰に身を隠して「内」なる空間にいられる安心感、帰ることのできる拠点がある幸せ、それをかなぐり捨てて移動をしなければならないのですから、勇気のいることです。二人はそれでも、ここを動くことを決めたのでした。
「ネーブルの方角に行けば、ここよりも人がたくさんいると思う。それで、一つの連合とかできてたら、そこに入れてもらえるかもしれない」
とにかく二人は重い荷物を手分けして運び、ジャンクに足を取られながらも助け合い、もがきながら移動をするのでした。
「休憩、したい、かも」
「あー、あたしも死にそ」
もうお尻の下に固いものがあろうと、お構いなしに座り込んでしまう二人。ちなみに元カノの下にはプロペラ、科学者の下にはルーターがあります。
少しして、お尻の痛みを感じられる程度に回復した二人は、あたりを眺めてみます。相も変わらず、一瞥しただけでは全く使えそうなものがありません。雨の降らなくなった今では使いようのない雨傘、海がないので同じく使えないシュノーケルに、無駄に食欲をそそるラーメンどんぶり。長いため息の先に、二人は偶然同じ場所で視線の焦点を合わせていました。
「あれ、なんだろう」
「喧嘩じゃないと思うけど、なんかあのペコペコしてるの、嫌がられてんね」
相手に断れ切られたその人影が、今度はこちらにやってきます。二人は身構えることもできず、そのスーツ姿の不思議な男が近づいてくるのを、ただ見るだけです。
「あ、こんにちは、お初にお目にかかります、わたくし、社会人、と申します」
「はあ」
「僭越ながら、お先に失礼させていただきます。どうぞ、これからよろしくお願い申します」
「ど、どうされたんですか」
社会人が、お手本のような仕草で名刺を渡してきます。この終末世界で、まさかまだこんなことをする人がいるなんて、誰が想像できましょう。
「私、会社勤めが生きがいでして……、でも、ネーブルと物津波のせいで、私の勤め先に、連絡がつかなくなってしまって。いきなり首を切られたんです。リストラされたんです!」
狂ったように今度は涙を流す社会人。スーツの袖を濡らして、訳の分からない情熱を二人に叩き込もうとしているようです。
「いやいやいや、わかんないし。どうすればいいわけ」
「私を雇ってください! 真摯にコミットしますから」
「何言ってんの」
「あ、もうホントにマネごとでいいんです。私はただ働きたいだけと言いますか、リスクヘッジと言いますか……、どうか、アグリーを」
社会人のあまりに奇抜さに面を食らった二人でしたが、少し話してどうやら本当に「働きたいだけ」のようです。何をしでかすかしれない怖さはあるものの、二人に今足りないのは圧倒的に人手です。
「そういうことだから。あんたには食料くらいしかあげらんないんだけど、それでもいいわけ」
「ええ、ええもう大満足なコンセンサスでございます。それでいかさせてくださいますか」
「あー、まあいいんだけど、できればさ、その話し方止めてくれない」
「善処します」
こうして元カノと科学者の二人組に、新たに社会人が加わることとなったのでした。
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