3.一日目


「うっせえな! ごたごたゆーならとっとと出てけよ!」

「はあ? ちょ、こんなか弱い女を一人で追い出すってわけ?」

 ペットボトルやだるま、酸素ボンベなどのあらゆるジャンクに流される、ごく普通の一軒家。そこから喧嘩別れした一人の女が追い出されてきました。

「ちょっと冗談でしょ! 開けて」

 どうやら彼氏は本気のようです。扉を何度叩こうが喚こうが、開かないものは開きません。

「ほんと信じられないんですけどクソ彼氏」

 彼女は元カノ。さっきまでは彼氏の「漂流する家」に同棲していましたが、方向性の違いにより一人になり、ジャンクの上をウロウロしています。

「ひっ」

 足が、ストレッチャーと金槌でできた穴にちょうど陥ります。防衛のために金槌は持っていこうとしましたが、何やら引っかかっており、抜ける気配がありません。

 今日はどこまでも不運な元カノは、とりあえず食料と飲料を探すことにします。こればかりは、生きる希望があれば誰にだって必要になります。背後に平然と建っている元カレの家には全く見向きもせず、無言でとにかく探し回ります。


 そして腰がじんわり痛くなるくらいの時間の成果物として、水二リットルと乾パンの缶詰を手に入れることができました。それに加えてポンプアクション式の散弾銃が瓦礫から突き出ているのを見つけましたが、残念ながら弾は当たりに見当たらりません。しかも彼女は銃火器に詳しくないため、これが作動するのかもわかりませんが、とりあえずは手にもって置くことにしました。薄汚れたトートバッグに何もかも詰め込んで、何者かに襲われることを危惧しながら隠れる場所を探します。

「とりま、夜を明かせる場所がないと、やばいっしょ」

 震えながら自分に言い聞かせます。少しばかり座布団に座ってあたりを眺めてみても、どこもかしこもジャンキーなジャンクばかり。本当に有用なものはごく僅かでした。人の姿も、まばらに五六人組の集団がちらほらいるのみです。本当はそこへ入って助けてもらいたいのも山々なのですが、快く受け入れられない可能性もあります。強姦被害に遭うかもしれません。トートバッグを握りしめて、彼女は小休憩の効果をすぐ夜をしのぐ避難所探しに充てます。

 あ、ここなんかどうでしょう? 冷蔵庫に冷凍庫、洗濯機に食卓など、何やら生活感あふれる物品に囲まれています。少し人為的な操作が介入しているようにも思えますが、元カノはとりあえず突入してみることにしました。

「うわああ!」

「あ、ごめん、人いるって知らなかった、から」

 食卓を倒して中に入ってみると、か細い男が一人でいました。物凄い驚いた顔でこちらを見てくるので、バツが悪く感じるばかりです。

「ねえ! あんた一人っしょ? ちょっと聞いて聞いて」

 有無を言わさず、元カノは話を続けます。同時に倒れたテーブルをきちんとなおすあたり、もうここに住む気満々なのでしょう。

「あたしさー、さっき家追い出されちゃったんだよね。あのクソ男、女のあたしをこんな無法地帯に平気でほっぽりだしやがって、それであたしか弱い女の子だから、ほら、今ここ無防備だったら簡単にヤられちゃうじゃん? つーわけで、一緒にいていい? いいっしょー? あんたも一人心細くない?」

 圧倒される男子が出した答えは、言葉ではなく態度であった。コクリと首を縦に動かし、元カノの出方をうかがう。

「マジー! あんたほんとめっちゃわかってる! 神対応。えっと、私は元カノ。あんたは」

「科学者っていいます」

「若いのにたいそうな名前」

「そう、いわれてもその」

「まあ、つーわけであたしもあんたも比較的安全な場所に落ち着けたってことで、これからよろしくー。もっといいとこがあったらオサラバだかんね。で、何か持ってる?」

「これ」

 科学者はまだ少しばかりあどけなさの残る細い指と腕で、三リットルの水と備蓄用ビスケット三袋を差し出した。

「おー、すごいすごい。んじゃ、あたしのも合わせて食べよ? 乾パン。それとこのソファでねていいっしょ?」

「あ、そ、そこ」

「うん。あんがと!」

 明らかに科学者の寝床らしいソファを、悪びれもせず独り占めする元カノ。その異常なまでの傍若無人さを目の前に、科学者は返す言葉も見当たりません。洗濯機にもたれかかって、乾パンと一緒に入っていた角砂糖を頬張るのでした。










 

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