第34話 罰ゲーム
夏樹さんのお股から聞こえてくるその声に、俺のフラグは折れてしまった。
折れるスピードは圧倒的。
ギネス入りできるかもしれない。
『りっちゃん!? 勇緒と一緒なの?』
「う、うん……」
夏樹さんは有菜に小声で返事をした。
スピーカーモードではないが、ロッカーの中という特殊な環境では音がよく聞こえるみたいだ。
しかも、タイミング悪く次から次に男性客も入ってきてる。
今もまだ出れそうにない。
「理由は後で話す……有菜、すぐにプールで合流するから、今は切るぞ」
有菜は声だけで俺のフラグを折ってくれた。
怒られることはない……と思う。
『わかった……うん。待ってる』
今度は間違えないように慎重に押そうとした瞬間、夏樹さんはまた、俺の腰を見ると驚きの表情を浮かべ、
「す……スゴっ。男の人って急にこんなに(小さく)なる……の」
一体何を褒められてたんだろうか。
全然嬉しくないし、タイミング悪すぎる。
『なにしてんの!? ちょっといさ……』
「ごめんッ」
────ピッ。
絶対に他のお客さんにバレるわけにはいかない。
ましてや、ここは市民プール。
もしかしたら水泳部の繋がりで何か夏樹さんと接点を持った人もいるかもしれない。
再度掛かってきた電話は俺の手ごと震わせ、振動は夏樹さんの身体にも伝わってきたが、電源ごと切った。
会ったら死ぬほど謝ろう。
そしてロッカーから俺たち二人が開放されたのは結局、その10分後になった。
▽ ▽ ▽
やっとプールについた。
消毒用のめちゃくちゃ冷たいシャワーを浴び、色んな意味で清め終えた俺は今、有菜を探している。
彼女にとっては初のデートだし、昔溺れていたところを俺に助けられたから、水泳競争でもしたいんだろう。
夏樹さんとはあの後、ロッカーの外から音がしなくなってすぐ、俺が先に外に出た。
そのまま男性更衣室の出口まで行き、誰も来ないことを確認。
そして夏樹さんにも出てきてもらって、きちんと女性更衣室からプールに入ってもらうようにした。
男性と女性で更衣室からプールに出るルートが少し違うから、誰かに目撃されては困る。
今は俺一人でモヤシのような上半身を晒しながら、施設内をうろちょろしている。
他のお客さんは相変わらず少ないが、市民プールといえどかなり広い。
屋内に一つ、50mの8レーンのプールと屋外にカップルが好きそうな滑り台付きのもっと大きくて深そうなプールが見える。
有菜は一体どこにいるんだ。
お客さんは少ないが、チャラめの男性客の集団にナンパされてたり……なんて嫌な想像をしてしまう。
屋内はまず居なそうだったから屋上に出れる透明なドアを開けて、2、3歩踏み出し周りを見渡した。
プールの横には多くのリクライニング式の白いビーチチェアが並んでいる。
日焼けの為に寝転がってると思わしき、サングラスを掛けた紫色の髪の女性。
プールをずっと見ているスキンヘッドの中年男性客。
そしてビーチチェアに寝ずに、顔を下げて三角座りしている誰か。
亜麻色の髪の毛と白い脚しか見えないが、恐らく──有菜だと思う。
水着は……白、なのか。もう少し近くで見ないとわからない。
恐る恐る近づいて、真横まで来た。
ビーチチェアの横には、カロリーメロメロとポカリスウィートが置いてあった。
やっぱり有菜だ。
こちらの存在に気付いたのか、膝の中から顔を出した彼女と目が合う。
スク水じゃない……。
上下一体のワンピース型だが、白くて胸元がざっくりしている。
ちょっと涙目で、名前を呼ばれた。
「……勇緒? おっそ」
罪悪感たっぷりだけど、まずは安心させたい。
スク水のリクエストはまず出来ない。
俺はなだめるように伝えた。
「夏樹さんとは……その、一応何もなかったから」
「聞いてないし」
それとも自意識過剰なの? とその後に煽りを入れられた。
かなり怒っている気がする。
「聞かないのか?」
「罰ゲームが先よ」
彼女はそういうと立ち上がって、学校一の美少女のナイスプロポーションをギャラリーにさらけ出す。
一気に太陽に照らされた彼女の水着姿。
髪が元々は銀色だったかのようにキラキラと輝く。
白くて透き通るような肢体は程よく鍛えられて健康的。
有菜は立ち上がっただけでプールの他の人達の視線を独り占めしてしまった。
俺も同じく数秒固まって、彼女に魅了された。
ギャラリーにはおまけの俺まで見られている気がする。
「これが既に罰ゲームなんだが……」
そう伝えると有菜は前髪をかき上げた。
瞳はさっきのウルっとしたものとは打って変わって勝気そのもの。
「勇緒も十年モノのドキドキを感じてよ」
「…………ん?」
有菜にも罪悪感にも、ギャラリーの視線にも、その全てにドキドキしている。
そのまま背中を押されていく……方向はプールの方。
しかもこの場所は一番深いそうだ、3mなんて表記がある。
何をされるか予想は浮かんだが、仮にも水泳部だ。
そんなことはしないだろう。
あと一歩でプールに入るところまで来たところで、有菜は背中を押すのをやめた。
後ろを振り返ると、プールの笛を鳴らす人に軽くお辞儀をしていた。
何をされるかはどうやら当たっていたらしい、実行に移すぞこれは……。
その時、後ろから覚悟を秘めた声が聞こえた。
「私は潜る度に────初恋を想い出すの」
言われてポンッと背中を押される。
プールに突き落とされるような強さじゃなかったが、俺は勢いよく入水した。
彼女の言葉の意味が分かってしまった。
だから、プールに入ったのは完全な照れ隠し。
鼻ギリギリまで水面につけて、口でぷくぷくとしている。
一体これのどこが罰ゲームなんだ。
見上げると、俺との位置的に大きな胸の間に有菜の顔が見える。
彼女の顔は真っ赤、俺以上に照れている。
そして、上から本当の罰ゲームを教えてくれた。
有菜はビーチチェアに寝ていた紫髪の女性を指差して、あまりに根暗ゲーマーにとっては過酷なミッションを告げる。
「じゃ、じゃあ!! あそこにいる────来栖先輩に色々聞いてきてッ!」
含みがあり過ぎる『色々』という言葉に俺は息を飲んだ。
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