第35話 意味深発言

 有菜が指さす方にいるのはサングラスをかけた紫色の髪の女性。


 曰く、あの人は来栖くるす先輩らしい。


 ノートに名前が書かれてある、三年の先輩。

 フルネームで来栖時雨くるすしぐれ、クールで謎めくミステリアス美少女。

 

 なぜこんな所にいるんだ。

 よくよく見ると確かに似ている、というかそうだ。


 お胸の主張はあまりない人だけど、寝転がった姿勢がグッとくる。

 腰までの軽くウェーブついた紫色の髪がさらりと白いプールチェアに落ちて蠱惑的な印象を与えている。


 今ここでは、美少女というより美女という言葉が似合う。

 イメージと全然合ってないというか……図書室にいるような文学系なのかなと思っていた。


 有菜は夏樹さんとの一件よりもまずはタスクの消化が優先なのか。

 デートはどうした。


 てっきり罰ゲームは水泳競争に興じるものだとばかり……。


 「お……俺? 罰ゲームは別にしてくれても……」


「いいからいいから。頑張ってみてよ」


 とにかく俺は今からあの謎めいた美少女に、話を聞いてこないといけないらしい。

 真夏のプールで声をかけるなんてナンパそのもの。

 もやしが今から話しかけに行くなんて難易度高すぎるだろ。


 「はぁ……色々ってのはノートのことについてだよな?」


「……それ以外あるの? ついでに変なフラグが発生するかもちょっと気になるし。勇緒、自信ついてきたから丁度いいじゃん」


 有菜は俺にナンパまがいなことをさせることによってNTRノートの力を確かめようとしてるのか。


「自信なんてついてねぇよ! 俺で実験すな!」


「え〜、でもまぁ不自然なこともあるし。私喋ったことないから」


 不自然と言ってるのは、ここに四人中三人も名前が書かれた人がいるということだろう。


 甘々のプールデートから一転。

 確かに折角のチャンスではある。


 しかし夏樹さんと、恐らく三条さんにも伝えてないだろうノートの話を来栖先輩にだけしていいのか。

 そもそも話を聞いてもらえるかさえ怪しいぞ。


「……分かったよ。俺は……1回、話したことある、しな」


 そして肝心な何を話したかは忘れてしまっている。

 覚えてることはあちらから話し掛けられて、すごく緊張したことのみ。


 とりあえず、後ろを振り向き、両手でプールから出る。


 ────バシャ


 水に濡れて重い身体を持ち上げて、プールサイドに立ち上がった。



 隣にいる有菜を見ると、ジロリと疑いの目をしている。

一度面識があるといったせいだ。


 眉を上に伸ばして、微妙に何度も顎を動かし、口元からふ~んという音が漏れている。


「へ〜〜、ふーん。へー。あ、ノートのことについて詳しく聞かなくていいからね。う~んと黒いノートとか。そういう匂わせで」


「何だよそれ。中二病だと誤解される」


「何も間違ってないでしょ、ほら」


 声と同時に背中を強く押された。

 来栖先輩の方に2、3歩前のめりに進んだ。


 既にリクライニングシートに座る先輩のサングラス越しに視線を感じる。


 先輩は確か……。


 あまり喋らないというか、一言一言をゆっくり話す。

 遠目で誰かと話しているのを見た時はそんな感じだった。


 たまに図書室で見かける時はアメジストのように綺麗な瞳で、いつも遠くを見ている感じがする。

 

 ということは本なんて読んでいないよな、あれ……。


 謎すぎる人物だ。しかし綺麗な人だからか、全てはミステリアス美少女の佇まいとして成り立っている。


 そんな先輩の学校での印象を思い出しながら一旦、通り過ぎるように近づいていった。

 話しかける勇気がわかず、そのままスルーしてしまいそう。


 しかし、ちょうど真横に着いた瞬間。


 先輩の方から突然、声を掛けられた。

 サングラスを斜め上に手でずらし、透き通った瞳を向けられる。


「こんにちは、吉野君。奇遇ですね」


「こ、こんにちは……」


 図書室でどんな話をしたんだっけ。


 あのときも先輩の方から話しかけられたんだ。

 キョドりすぎて全然覚えていないし、その話をされたら困るなと思ったが、予想と全然違う話が飛んできた……。


「席替えしたんですね」


「え?」


 俺のクラスのことだよな。

 前までは結構ベストポジションな窓際席で気に入ってた。

 黒いノートが降ってきて拾ってしまった原因でもあるが、暇つぶしに外を見るのは好きだった。

 

 けれどよく知ってるな……。というか3年生は同じタイミングで席替えしないのかな。


 背中からひしひしと幼馴染の視線を感じる。

 まだネトラレフラグ立ってないし、そこまで自意識過剰じゃねーよ。


 そして来栖先輩は微笑みながら、意味深なことを言った。


「吉野君は2-A組、私は3-A組。位置も窓際の同じで席で、ちょうど私が真上だったんですよ」


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