第28話 一発だけ

 時刻は23時46分。

 俺は家に帰っていた。

 NTRノートも持って帰ってきてる。


 ホテルでの延長戦は一発で終わってしまったのだ。


 だから今は自室のベッドで寝転がっている。


 有菜に何度か掛けた電話の折り返しをずっと待っていて、今ちょうど、それが来たところ。

 但し、電話ではなく短いメッセージだ。


『痛かった?』


 質問だ。俺は男だけど痛かった。


『ごめん。言い訳はしない……そっちは?』


『痛いし今でもジンジンする。ダメ、ちょっとは言い訳してよ馬鹿なの?』


 そう、一発というのは性行為のことでない。


 有菜による強烈なビンタのことだ。


 それによってお互いの頬と手を痛めた。


 俺は今もくっきりと右頬に、学校一の美少女の赤い手形が残っている。


 ずっとヒリヒリしているが、これで良かったと思ってる。


 全然言い訳のしようもないけど……。


『現実の結婚の練習をしてました』


『そうかなって考えたけど、それもビンタしてた』


『うん』



 あの時──。



 ホテルのベッドの上で有菜にゲーム内結婚の理由を伝えた時。


 俺は恥ずかしくて顔を真っ赤かにしていて……。

 一方の有菜は俯き1分ぐらい黙ってから、俺に全力のビンタを食らわせた。


 そして彼女はベッドから起き上がって急足で出口の扉の前までいき、


「もう片方は凛ちゃんにビンタされるんだよ。ほんっと勇緒は仕方ないんだから」


 と言って、部屋を出ていった。


 こんなの、もはやNTRノート以前の話。


 そもそも────結婚の練習なんてするべきではなかった。



 有菜のビンタはその罪滅ぼしにはならないかもしれないけど、俺はそのおかげでちょっとだけ心が軽くなった気がする。



『凛ちゃんとの結婚は二日前、ノートのせいじゃないよね?』


『はい。完全に俺のせいです、まだ関係の解消もちゃんとアオと話し合えてないです』


『ふ〜ん。凛ちゃんはなんとなくズルズルしそう』


 鋭いご指摘を頂いてしまった。

 秘密にするつもりもない。


『アオからはですね』


『?』


『ずっと好きでいる練習をしてるんだったら、その練習もずっとしないとって言われました』


 そう送ると、3分ぐらい経ってやっと有菜から返事がきた。

 短い。自分で考えろと言わんばかりのテキストだ。


『ノーコメント』


『OK』


『でもビンタはしてくれなそうだね』


『それはある』


『人それぞれだけど、ビンタは貰ってきて』


『そんな重要なのか』


『だって私が悪いみたいじゃん!寛容ないみたいじゃん! ま、ただの幼馴染ですけどね』


 こうは送ってくるが、有菜は考えてぶってくれたと思う。

 NTRノートがあるにも関わらず、好きな人にビンタできるほど俺は肝が座ってない。


 というより……その人の為を思って、一時的にでもショックを与えれる覚悟、なのかな。


 アオと有菜は本当の愛の話で盛り上がっていたけれど、なんとなく性格が反対な気がする。



『わかった。ドMっぽいけどお願いしてみる』


『あと昨日の話は嘘だったの?』


『え?』


『機能として実装されてたから、とか送ってきたじゃん』


『ああ、きっかけはそれで思いついたといいますか…………』


『ふつー思い付かないから!他にもこういうのあるの?もう全部教えて』


 全部…………。全部ってなんだろう。

 ずっと色んなゲームで練習してましたっていうのか。

 ゲームの中の主人公が最後まで信念を貫き通す、その姿勢に憧れてましたって。

 それはちょっと……勘弁したいし、恋とか結婚の練習は、あれが初めてだ。


 ん……いや、エロ……恋愛ゲームはいっぱいしてきたな。


『オンラインでは初めてです』


『オンライン以外でどう練習するの?』


『女の子攻略できるゲームとかで結構頑張ってました』


『まじ……何人?』


 引かれてる気がする。そんなの覚えてないって。

 だめだ…………。そんなこと言ったらまた怒られるかな。


『ご勘弁下さい』


『じゃあ質問変える。どんな子達を攻略してたの?』


 めちゃくちゃ言いたくない、一番拒否したい。


 もちろん全部、の子だった。


 有菜は俺の影響もあって少しはこういう知識もあるし、悟られたくない。


 でも嘘はつけないから、なるべく誤魔化して、


『毎朝起こしてくれるような子達』


『それ妹じゃないの』


 …………ふぅ。まずいことになってきた。


 積極的に攻略したことはない。

 しかしストーリーを知るために、マルチヒロインモノではそういうこともあったかもしれない。


 もう話をずらそう。それしかない。


『違う。そいや明日は土曜日だな』


『じゃあ、姉とか?』


 話を変えさせてくれないようだ。

 属性を絞り込んでくる。この時間、いつもなら寝てるだろ……。


『明日か明後日どっか行かない?その前にアオときちんと話してくるから』


『嘘でしょ!?あの勇緒から!?それってデートの約束だよね?』


 あのってなんだよ。あのって。

 確かに俺から遊びに誘ったことなんてないけど……。


 でも話を変えることには成功した……。


『嘘じゃないしデートだ!予定は大丈夫?』


『どっちも空いてる!でも凛ちゃんより先がいい。絶対』


『はい!?さっきはビンタ貰ってこいって』


『やっぱいい!デート行こ。凛ちゃんはその後』


 デートだと称されただけですっごく恥ずかしい。

 長い付き合いだけど、本当に久しぶりだな。

 でもなんとなく、後回しにしていいっていうのは有菜らしくないと思うけど……。


『いいのか?』


『だって練習のビンタなんて痛くないもん。じゃあ明日市民プールね!おやすみ!』


『お、おう。おやすみ』


 考えることが多すぎて全然寝れる気がしない。

 とりあえず、この二日間は大変になりそうだ。


 考えごと最中に、ちらちら過ぎる妄想で俺は寝れないだけかもしれない。


(あぁ……多分えっちできたんだよな……あの時…………)

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