別冊編

第26話 ラブホ延長戦

 告白っぽくない滅茶苦茶チキンな言い方で、有菜の機嫌は治った。


 今、彼女は足を小さくベッドの上でバタバタさせている。

 上にいる俺の股間に足が当たりそうだから、俺はそっと彼女からどき。


 そして俺たちはそのままホテルから出る……と思った。


 しかし、有菜は掴んだ腕を離してくれない。


 これは……ホテルも延長戦コースなんだろうか。

 まだ入って30分も経ってないけどさ。


 そもそも宿泊なのか、休憩なのか。

 基本的な情報すら聞いてないんだけど。


「あ、有菜……?」


 腕を掴まれたままベッドの縁に行き、腰をかけた。


 彼女はまだそのまま目を瞑っている。


 ちょっと艶かしい……気がする。

 というか、何故口を尖らせているんだろうか。


「んっ〜〜〜〜!」


 これは何待ちなんだ。鳴き声か。


 待たせているものに心当たりがあるとすれば……アオとの関係のことかな。


 彼女と関係を続けたいって訳じゃないんだけど、ノートのこともあるしお姉ちゃんの名前を書いてもらってない。


 まず続ける選択肢はないだろうけど一旦、相談ベースで有菜にお伺いを立てるべきだ。


 彼女は今、口を雛鳥のようにして上機嫌な鳴き声を発している。

 地雷を踏み抜きそうだから恐る恐る。


「話があるんだけど」


 と、俺が切り出すと謎の鳴き声が止んだ。


 彼女は腕を掴んでない方の手で丸め、ベッドを叩いた。

 思いの外ベッドが優秀で「ポスッ」っと可愛い音を出す。


 続いて彼女は大きく息を吸ってから重く、深い溜め息をした。

 その横隔膜の大運動はベッドのスプリング越しに俺にも伝わる。


 どうしよう。何を話すか、それ次第では帰れない気がする。


 けれど、言わないといけないことだ。勇気を出そう。


「アオとの関係を……」


 尻すぼみになりながら、ちらりと寝ている有菜の顔をみる。


 閉じられていた瞳は開けられていて、目と目があった。


 大丈夫。正解だったよう。

 めちゃくちゃ眩しい笑顔だ。


「うんっ!」


 さっきまでの涙とシャンデリアの光が、有菜の満面の笑みをより輝かせている。

 こんな笑顔に俺は何を言おうとしているのか……。

 まだアオとの関係は終わってはいないし。


 待て……ここは、何か一度、クッションを挟みたい。

 考える時間が欲しい。


「ちょ、ちょっと待って!」


「……?」


 アオとの関係は有菜にとってみれば要は────浮気だ。


 何かいい例えがないだろうか。


 なぜ俺が、浮気まがいなことをしていたのか。

 正直に、話して最後まで愛を押し通す自信が欲しかったんだと伝えるか。


 オチは見えてる、ゲームで自信なんてつくわけないじゃん、と言われて笑われそう。

 どうしようか……。


 一度も浮気したことがない男と、浮気したことがあるけどそれでも妻を選んだ男。

 有菜だとどちらを選ぶか。うん、わかりきってる。


 前者だ。勿論、俺もそう思う。


 まずいぞ、返事までの時間が経ち過ぎる怪しまれる。


 とりあえず一旦、クッションを置く。


「先に!! なんで結婚したかを話す!」


「うん……?」



 予想以上にキョドりながら言ってしまった。


 この原因は恋愛恐怖症の童貞が、実は10年ぐらいずっと好きな人がいるという矛盾によるもの。


 矛盾……童貞……ふむ、結婚を性行為として置き換えてみたらどうだ。


 ああ、これでいけるかもしれない。


 俺は童貞を貫きつつも、脱童貞の為の練習をしていたんだと。


 うん、貞操はちゃっかり守っている。

 なんだか倫理的に良い気がしてきた。


「処女は一度も攻め込まれたことのない立派な城。でも童貞は一度も攻めたことがない兵士。だからさ」


「勇緒? ラブホで何言ってるの? もしかして……」


 おっしゃる通り過ぎて耳が痛い。


 そして有菜は何かを言いかけ起き上がり、ベッドの縁に座る俺の隣にきた。


 俺の顔を上目遣いで覗く学校一の美少女。


 顔が近い。心臓がバクバクしてきた。


 決して間違っちゃいけない分岐ルートに突入したんだ。


 俺が頭をぐるぐる高速回転させていると、有菜が耳元で可愛く囁いた。


「え……えっちしたいの?」


 神様。私に試練を与えるのはこれ以上やめてください。


 というかNTRノートが全然機能してません。


 肉体が結ばれてしまいそうですけど。


 俯いて上手い言葉を考えようとしていると、有菜が恥ずかしそうに追撃してきた。


「急いで来ちゃったから、ブラ……付けてないんだよね、へへ」


 なんだって……。用意周到すぎるだろ。

 落ち着け、ここは深呼吸だ。


「────ふぅぅ」


「それで? 童貞くんがだからなんだって?」


 くっそ、煽りに聞こえる。有菜も処女だろうに……。

 ちらりとみたらニヤニヤし始めてるのが分かった。


 全部、お前との結婚、その本番の為に俺は練習してきたんだぞ!


 よし分かった、ちゃんと言ってやる。


「本番の為に────練習してたんだ! アオと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る