第25話

 学校一の美少女の上にまたがっている。

 鼻がつきそうなぐらい顔が近い。


 彼女の大きな瞳にいっぱいに溜まった涙が、シャンデリアの煌びやかな光で輝いてる。


 今にも泣きそうで、赤らむ有菜の綺麗な顔。


 それは白いシーツに広げられた亜麻色の髪とよく似合っていて。


 最愛の人が誰かと、俺に聞いている。


 名前を教えるだけじゃなくて……。


 このまま好きだと言いたい。


 大好きだって伝えたい。


 気持ちをストレートに、ありのままに。


 別にツンデレってわけじゃないし、男のなんて気持ち悪い。


 ただ、俺の中でこの言葉は通さないといけないもので。

 だからこそこれまで、伝えれなかったわけで。


 実の父と母はもう、全然口を効かなくなった。


 それは有菜のところも一緒。


 子供も産んで、愛を育んできたんだろうに。


 あんな風になるまでは幸せな家庭だったんだ。


 今の有菜パパと母さん、父さんと有菜ママ。

 両方とも幸せそうだし何も恨んだりはしてない。


 けれど、家に帰って二人が幸せそうにしていればしているほど。


 俺は冷めた目でそれを見てしまうんだ。


 母さんが有菜パパに対して使う声のトーンや仕草。

 それが全部、実の父さんにしていたのと同じで。


 聞くたびに見るたびに恋愛だとか、人の愛というものが信じられなくなって。


 所詮、人の気持ち、恋なんてものは一過性であっけないものだと思い知らされるから。


 そんな思いをするぐらいなら、いっそしない方がいいって。


 子どもなのに斜に構えた恋愛観を持った。


 だけど俺はその実、小学校低学年の頃から好きな幼馴染がいて。


 想いの丈はそろそろ10年に届きそう。


 だから、自分の矛盾した気持ちにケジメがついたら。


 俺の方から────告白しようって。


 その相手に俺は今、タイムリミットを宣言された。


 返事をいまかいまかと待つ、彼女の大きな瞳からはもう、涙が零れ落ちそうで。


 有菜をここまで不安にさせてしまったのは、きっと俺の安易な行動のせいだ。


 彼女だって、俺と同じ経験をしてきた。


 恋心がころっと変わる怖さを、思い出させてしまったのかもしれない。


 今思えば俺は全くモテないし、有菜を不安にさせるようなことはなかった。


 有菜は逆にモテまくってるけど、いっつもバッサリ振りまくっていた。

 告白していたイケメン達と後腐れなく、中途半端にすることはない。


 その強い彼女の態度に、俺はどこか安心していて。


 あれはもしかしたら、その為のものだったのかな。俺を……不安にさせないようにって。


 ごめん……。


 俺の腕を掴んでいる彼女の手が、ぷるぷると震えてる。


 俺だって有菜がラブホ前の喫茶店に他の男とこんな時間までいたら……。

 そう考えるだけで……胸が張り裂けそう。


 けれど俺たちは恋人関係じゃないから、そもそもお互いの行動にケチをつけたり、束縛したりすることは出来ない。


 だからこそお互いの気持ちを、お互いの行動で確かめ合ってきた……つもりだった。


 結局、それをちゃんと出来てたのは有菜だけで。


 そんな彼女は薄く小さな口を尖らせ、


「誰って…………聞いてるんだけど……」


 制限時間はとっくに過ぎているみたい。


 でも……ここで、有菜、お前だよ。と言えるようなキャラじゃない。


 期待されてるかもしれないけど……。


 今の俺には、これが限界で。


「幼馴染の人です」


 何故か敬語になって、声もうわずってしまった。


 でも、そう伝えると有菜はちょっと嬉しそうな顔をして。


 満足げにゆっくりと、瞳を閉じた。


 瞳に溜まっていた涙が頬を伝って落ち、シーツを濡らした。


 学校一の美少女はもう少しだけ。

 俺に延長戦の時間をくれるみたいだ。

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