第24話

 アオは俺たち二人を残し、去っていった。


 置き土産にしては随分とんでもないこともの。


 ノートに名前の書かれた人は、最愛の人と決して結ばれることはない……と、そう言い残して。


 俺たち二人はノートに名前が書かれている。


 つまりアオ曰く、もう『最愛の人』と結ばれることはないのだと。


 そしてそれを否定する為に、もっというとノートの力よりも人の愛の方が強いと、本当の愛なんだと証明する為に、アオはお姉ちゃんの名前を書こうとしていたんだな。


 呆然と立ち尽くしていると、横にいた有菜がひょこっと俺の顔を覗いた。

 熊さん模様のパジャマを来ている美少女。


 その可愛らしい姿からは想像もできない提案がまたきた。


「勇緒、それじゃホテル行こっか?」


「なにしにだよ」


「さぁ?」


 有菜はさっきまで完全にキレていた。

 長い付き合いだが、今だけは冗談か本当かがわからない。


 それにあんなことを聞いた後でラブホなんて……。


「ご厚意で取ってもらったお部屋、一番上の一番高いとこなんだよ?」


「なんだって……」


「しかも……えちえちなインテリアなんだって!」


「えちえちッ!?」


 少し、考えてみた。


 相手はあの有菜。

 誰にも負けない学校一の美少女。


 お部屋はえちえち、これからもしそういう機会があったとしてもいけないだろうレベル。


 更に有菜曰く、子作りホテルとして近いうちに内装を変えてしまうとのこと。


 頭を悩ませていると、横断歩道の信号が青になった。


 そのまま背中を押されていく。


 有菜は恥ずかしくないのか……。

 たまにすっごく大胆な時、あるよな。



「ほらほらいくよ〜! スク水着てあげるから」




 ▽ ▽ ▽


 現在、22時ちょうど。

 ラブホの一番高いお部屋で、学校一の美少女とチェックイン。


 根暗ゲーマーの俺には本来ありえないこと。


 部屋は黒基調で、キングサイズのベッドがある。

 ベッドの前後の壁は全面鏡貼り。右の壁に備え付けられた大きなテレビに映るAVの選択画面が生々しい。

 左の壁には長くて丸みを帯びた白いソファがどっしりと設置されていて、真ん中のテーブルにはコスプレやおもちゃ、食べ物を頼むための冊子が無造作に置かれている。


 これだけでエロい。


 その直接的なエロさ、雰囲気を払拭するためか天井にはシャンデリアが吊るされている。

 その煌びやかな光は部屋の前後の鏡で反射し、少しだけロマンチック。


 目がちかちかする……早く光を消せということなんだろうか。


 とはいえ。


「どうしてこうなった」


「だね。思った以上に……えっちだね」


 俺は部屋に入ってすぐどうしていいかわからず、ベッドの前でそのまま突っ立てている。


 一方、有菜はソファに座って無造作に置かれていた冊子を眺めていた。


 その顔は真っ赤。完全に余裕を失っている。


 元々色素が薄く、白くて綺麗な肌と亜麻色の髪の有菜は赤くなるとすぐに分かる。


 俺に顔を見られていることが分かると、もっと冊子を顔に近づけて見えないようにした。


「有菜、もう帰らない?」


「それはイヤ」


 本当にここに何しに来たんだ。


 アオを入れて3人で修羅場を迎えるよりは良かったかもしれないけど。

 

 今はどういうつもりかが全くわからない。


 冊子の横からぎりぎり見える有菜の顔。


 その表情は少し真剣になっていた。


 待て、本当にスク水をオーダーする気がじゃないだろうな。

 夏樹さんに知られたらどうするんだ。

 俺の性癖だって言うつもりか。


 すると、有菜が冊子越しに話す。


「勇緒、私たちはもう、最愛の人とは結ばれないんだよね?」


「って言われたな」


 今度は広げた冊子をマスクのように顔に近づけて、声を荒げる有菜。


 いつもは余裕しかないような存在なのに、どうしたんだ。


「じゃ……じゃあだよ!! ここで……その、え、えっち! をね……」


「有菜、一旦落ち着こう、な? 俺、童貞力には自信があるんだ。だから大丈夫────」


「落ち着く必要なんてないの! 私も処女力には自信あるし!」


 なんだよ、処女力って……。

 こんなに取り乱している有菜を見るのは初めてだ。


 それにNTRノートの力に急かされて関係を早めるなんてだめだ。


 俺はまだ自信をつけれてない。

 今日、アオとのやりとりでそれを確信したんだ。


「今日ちょっと変だぞ……な? 頭を冷やそう、俺も帰ってアオにノートの話を……」


 言葉を止めてしまった。


 有菜が持っていた冊子がばたりと落ちたから。


 そのまま立ち上がり、何故かベッドの方に向かう学校一の美少女。


「もう待てないよ」


「えっ?」


 そして彼女に後ろから強く、腕を引っ張られ。


 ベッドの上で、俺が有菜に被さるような体勢に。


 彼女は掴んだ俺の腕を更に引き、顔を近づける。


 目と目が合い心臓がバクバクする。


 有菜は顔を赤らめ、目尻に涙を溜めて。


 彼女が分かっているはずのことを、聞いてきた。



「ねぇ、勇緒の最愛の人って────誰?」

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