第23話

 有菜が喫茶店にきた。


 爆弾発言と並々ならぬオーラを纏って。

 今、俺とアオの座る机の横に仁王立ちの構え。


 可愛らしい熊さん模様のパジャマ姿。

 だが、真逆と言っていいほど圧が凄い。


 どうやら着替えもせずそのまま来たらしい。


 席に座る俺たち二人は暫しの無言。


「「……………………」」


「行かないの? ここ閉まっちゃうよ」


 ここが閉まるからといって、どこに行こうというのか。

 さっきの発言はまるで今からラブホ……じゃなかった、子作りホテルに行こうと言ってるふうに聞こえたんだけど。


「え、あぁ、うん。でも俺、帰宅部だし」


「わ、私もそろそろ門限が……あって」


 門限って……闇の眷属じゃなかったのかよ。

 というかお姉ちゃんの名前は書かなくて良いのか。


 俺はまだ聞きたいことがいっぱいある。

 誰から寝取られるかとか、そもそも俺や有菜みたいな恋人がいない場合は寝取られるのか、とか。

 

 そもそもどうやって俺を特定したのかも聞けてない。



 だが今はそれよりも────幼馴染が怖すぎる。


 勇気ある撤退、という言葉もあることだ。


 今はまさにその時だろう。


 アオとのことはまたゆっくり考えよう。

 ノートの話ももっと聞きたいし。


 そして、ネット嫁と同時に席を立とうとした。



 ────その時。


「……勇緒?」


 低い声。

 そして睨みが来た。

 学校一の美少女のものだ。

 それはまさに、れいとうビーム。

 有菜の方を見ていないのに、体が凍る。


「ま……まじ?」


「マ・ジ」


 目が言葉通りマジだ。

 怒り過ぎじゃないだろうか。

 でも怒る原因に心当たりがありすぎてどれだかわからない。

 まぁ、その思い当たるもの全部なんだろうけど。



▽ ▽ ▽


 現在、喫茶店で会計を済ませ、外に出た後。

 ホテルに行くかいないかで話し合い中。



「お金ないっす」


「りっちゃんに言ったらお父さんに便宜を図ってもらって、今回だけお金は掛かりません」


「……まだ子作りできないっす」


「そういう用事じゃないから」


 3人で話す為だけにラブホなんて嫌なんだが。

 それにもったいないでしょう。

 夏樹さんのお父さんにも迷惑だぞ。

 しかもアオはまだ高校一年生だし、駄目過ぎる。


「え、えっちなとこ怖いです……んっ」


「ふぅん。凛ちゃんはお子様なんだね。それじゃ二人っきりで行こうね、勇緒」


「…………はっ? おま」


 まさかの二人きりでラブホに行く提案がきた。

 有菜はとんでもなく可愛いけど、いやそれは……。

 俺たち付き合ってもないし……。


「別にいーですよ! 私、振られちゃいましたし」


「そうなの?」


 さっきからアオの事実と言動が微妙に合ってない気がするんだけど……。

 違うとも言いにくい言い方ばかりだ。


「………………いや、まあ。その」


「ええ、はっきり言われちゃいました……だから早く帰って枕濡らさないと駄目なんです」


 濡らそうと思って濡すもんでもないだろ。

 いつもアオはこの時間帯にボス狩りをしている。

 色々あったけど、このあとも恐らくそうするんじゃないかな。


「そっかそっか。ごめんね凛ちゃん、私の幼馴染が──」


「おい有菜……ちょっとそれは」


 煽りすぎじゃないだろうか。

 アオは俺のことがまだ、好きだと思うし。


(俺も……いや、違う。そんなことはない)


 あの時の涙は、ただ自分の不甲斐なさとアオの気持ちを考えてしまって泣いていただけだ。

 それ以外の気持ちは……ない、ないんだ。


「何? って……どしたの勇緒。ちょっと目赤いよ?」


「気にしないでくれ」


 するとアオがそのまま帰ろうとする。

 お姉ちゃんの名前は書かなくていいんだろうか。


「イサ、私は帰ろうと思います。ノートの話の続きはコルネットで」


 有菜は「ノートの話」と聞いて目の色を変えて黙り込んだ。アオのことを警戒しているようだ、まだ犯人だと疑っているみたい。


「お姉ちゃんの名前は書かなくていいのか?」


「……う〜ん、今日はいいです。勿論、二人からお願いされてましたし。本当の愛がノートの力を超える証明をしたい、ですけど」


 二人から、というのは婚約者さんとお姉ちゃんのことだろうな。

 ノートが見つかった、そして俺が持っているという報告はしているみたいだ。


「けど?」


「今日はノートの力以前のものに、私が負けちゃいましたから、へへ」


 アオの苦笑いに胸が締め付けられた。

 彼女はコルネットで本当に好きになれる人を探してたんだもんな。


「………………」


「そういえば先咲先輩に言っておかないといけないことがあります」


 苦笑いを浮かべていた表情を切り替え、一変して真剣な顔のアオ。


「どうしたの、凛ちゃん?」


 有菜も警戒を解いて首を傾け、続きを催促した。


 アオの声は低く、どこかくぐもるようトーンで。


「NTRノートに名前を書かれた人はそれまでに好きだった────最愛の人と決して結ばれることはありません」


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