第22話

 アオに最低な理由を打ち明けた。


 泣きながら言ったことで、俺が『ずっと好きでいたい人』がアオではないということぐらい分かっているんだろう。

 言い方こそ違えど、要は「お前との関係はただの遊びだったんだ」と言っているようなものだ。

 

 だけど彼女は優しく微笑みを浮かべ。

 こんな最低な俺を励ましてくれる。


「イサ、とっても素敵ですよ。それ泣きながら言う台詞じゃないです」


「アオ……?」


「きっとあのコルネットでの結婚は……私にとっては本気の恋で。イサにとっては本気の恋ので。つまり、そういう話ですよね?」


 アオは彼女にとって残酷なことを、あっさりと言った。

 俺は彼女のことを数分前まで怖いと感じていた。

 もしかしたら美少女名簿の犯人とさえ思った。


 でも今はあの時の雰囲気とは随分違う。

 まるで慈愛に満ちた女神のよう。

 泣きながら謝る俺のことを優しく許してくれた。


「うん…………ごめ……っ、本当にごめん」


「何にも悪くないですよ。イサは私が思ってた通りの素敵な人で良かったです。ささ、先咲先輩が来る前にノートの話をしましょうか。もう夜も遅いですし……んっ」



 ▽ ▽ ▽



 有菜が来る前にという言葉が引っかかったが、きっとアオは俺が好きでいたい人が有菜だとなんとなく分かってるハズだ。それなら会いたくないという気持ちは当たり前だろう。


 泣いて呼吸の荒い俺と、妙に呼吸の荒いアオ。


 お互いが落ち着くのを待ってから。

 アオはノートに関することを話し始めた。


「ちょうど半年ほど前の話になります。イサとコルネット内で出会った頃、私はまだ中学生でした。お姉ちゃんと婚約者さん、それから私の3人でNTRノートの実験をしていたんです……ふ、ふぅ」


「実験って……あんなヤバそうなやつで!?」


「勿論、その時は私たちも半信半疑で……。主にお姉ちゃんが書いてました。婚約者さんとの愛はノートなんかのせいじゃないって言いながら、いろんな人の名前を片っ端に」


「なるほど、テロ行為だな。でもそれでノートの効果が分かったってことか。その時から4人の名前も?」


「はい……。既に書かれていました。効果を理解してからお姉ちゃんは人の名前を全く書かなくなり、婚約者さんにノートを預けました」


「それで?……その効果っていうのは具体的には何なんだ? 確かルール上、寝取られ方法は別冊の存在を仄かしてたけど」


「イサ、その通りです。今ノートを確認しても?」


 アオに催促されるがままに手提げカバンを広げ。

 恐る恐るノートを取り出し、アオに渡した。

 

 有菜が書いた俺の名前を見られるかもしれないが。

 きっともう、フラグは折れてしまったし。

 気持ちも悟られてしまっただろう。

 だからそれを今更、隠す必要はないと思った。


 そして、アオは最後のページだけを確認した。


「やっぱり、挟まってませんか…………。

 イサの反応からそうかなとは思っていましたが」


「え? 実験してたときは別冊が挟まっていたってこと?」


「だと良かったのですが……あの時挟まっていたのは別冊のものだと思われる、千切られた1ページのみ。それも上の方がハサミか何かで斜めにカットされていて……ん、んっ」



「アオ? さっきから大丈夫か……? なぜそれが別冊って?」


「だ、大丈夫です! えっと、まずそのページにはNTRノートに名前が書かれた人が、どんなによって、よって寝取られ、というのが書いてて。

 ────ですが」



 アオは一旦、説明を止め神妙な面持ちになり。

 手に持つノートの一番最初の見開きを開き。

 そこに書かれてあるルールを俺に見せつけ。


 そして言った。


「あれはきっと────人が書いたものじゃない。なぜならこのルールと全く同じ字体だったので」


「…………? どういうことだ? 寝取られ方法……というか効果と寝取る相手の名前がそのページに自動的に書かれるってこと?」


「いえ、そんな目に見えて魔法っぽい感じはないですよ。寝取る相手はあくまでもNTRノートに名前が書かれた人とので、効果も書き変わったりはしませんでした」


 アオからそう言われて、頭を整理してみる。


 恐らく、効果はルールみたいに箇条書きされていて……。

 寝取る相手は『親戚』とか『同僚』とかそんな感じで書かれているんだろうか。


 寝取る方が関係性なら、寝取られる方もそうなのか?……。


 付き合ってはいけないけど、両思いの場合だとか。

 そもそも奥さんがいるけど最愛の人は別だとか。


 あれ、これ全部俺のことか……最悪だなほんと。


「あのさ……そしたら寝取られる方は最愛の人……とかなのか? もし俺たちがノートに名前を書かれたらどうなる? 一応、結婚してる訳だしさ」


「今は、って何言ってるんですか?」


「……えっ?」


 まずい地雷を踏んだ気がする。


 しかし、ノートの話に俺から戻すことも厳しい。


 そんな空気になってしまった。


 そして。

 俺は彼女の発言で、頭がフリーズした。


「だって私との結婚生活は続けないと、イサが先咲先輩を『ずっと好きでいる為の練習』ができなくなっちゃいますもん」


「…………え、あ、あ……」


「だから私がい〜っぱい誘惑してもイサは勿論、耐えてくれますよね?」


 時間が止まったように感じる。

 ボーッとただ、アオを見てしまう。

 自然に俺の視線は彼女の胸にいっていて。

 

 その瞬間。

 喫茶店の扉が開き、我に帰った。

 むしろずっとフリーズのままでいたかったかも。

 

「お待たせ〜! それじゃ二人とも、続きは前のホテルでしよっか!」

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