第21話

 現在、アオに後ろから抱きしめられながら、有菜と電話が繋がっている。

 アオのホールド力は強い。俺の両腕まで包み込んでいるからスマホの位置は腰あたりで、有菜の声は全く聞こえない。


 というか、『ずっと前から先輩達4人の名前は書かれている』ってどういう事だ。時期によっては夏樹さんと室斑が付き合う前かもしれないし。

 頭にも肉体的にも刺激が強すぎる。思考停止しそう。


「有菜と電話しないと……腕……」


「あぁごめんなさいっ、これじゃ確かに聞こえないですねっ。筒抜けスピーカーモードにしますか? それとも私にチューされた耳で他の女の人と電話するんですか?」


 アオはどれを取っても気まずくなることを言いながらハグを解いた。

 これも全部有菜に聞こえているはずだ。俺、会ったらどんなこと言われるんだろう。

 俺はまだ甘噛みされていない左耳で電話をしようとスマホも持ち替えた。


 すると。


 ────はむっ。ちゅ。


「ひ……」


 左耳も甘噛みされた。いや、これこそチューと言っていいだろう。それも音を出して有菜に聞こえるようにした気がする。


 俺はもう何も考えられなくなってしまった。

 そして耳元からアオが囁く。

 

「とまっちゃってますよ、代わりに私がスピーカーにしてあげますね」


 そのままアオはスマホを握る手を重ね、スピーカーに切り替えた。


 その瞬間。

 有菜の聞いたこともない低い声が聞こえた。


『許さない……』


「あ、有菜…………?」


『ううん。なんでもない! 今からそっちに向かうね。私がやっちゃったことは言わなくていいから』


「えっ? 来るの」


『勇緒のネトラレフラグは私がへし折ってあげる』



 ────ピー、ピー、ピー。


 電話が切れた。

 最後の発言が物騒過ぎる。

 スマホの画面を見るともう21時。

 今から来るとしてもラストオーダーもあるし、どこで話そうというのか。


 そしてアオは完全に俺に好意を寄せている。

 こんなことはありえない。きっとNTRノートのせいに違いない。

 俺の名前が書かれていることを言うべきで、アオのその気持ちはまやかしなのだと。

 しかし、有菜に先に釘を刺されてしまった。


「電話、切られちゃいましたね。私がイサのパートナーなのに先咲先輩は何を言ってるんでしょうか?」


「……さぁ」


 「それじゃ私たちは席に戻りましょう。少ししてから、ノートについて私が知っていることを教えます。お姉ちゃんの名前も書きたいですし」


「お、おう」



 ▽ ▽ ▽



 テーブル席に戻った。


 アオは嬉しさ爆発といった顔をしているが、俺は冷や汗がだらだら出るばかり。

 有菜のへし折る発言は勿論、『許さない』といった言葉が耳にこべりついているし、アオにもどう対応していいか分からない。


 ノートのことを聞かないといけないのに、俺から話しかけれない。というよりも目の前のネット嫁の顔をまともに見ることができない。


 なぜなら今、アオが視界に入るだけでコルネット内で共に楽しんだこれまでの思い出が走馬灯のように再生されていて。

 それが嬉しかったり辛かったり、自分の気持ちを混乱させるから。


 暫く無言のままでいると、ノートの話より先にアオから少しの

 ────愛の告白をされた。


「私、3ヶ月ぐらい前からず〜っとイサのことが好きだったんですよ! だから結婚がすっごく嬉しくって!」


「……………………」


「女の子が好きなのにどうしてネカマ希望だったんですか? それだけノートの話の前に聞かせてください!」


 確かにこれは先に言わないといけないことだろう。

 彼女の恋心が本気なのであれば俺は、

 ────だから。


 3ヶ月ぐらい前から好きだったと言われた。ノートに俺の名前が書かれたのは、つい昨日の話。だから不思議な力のせいにして、彼女の気持ちから逃げることはできない。

 別に隠すつもりもない。ただタイミングが悪いというだけ。

 それなのに、胸が締め付けられる感覚に襲われる。


「それは…………」


「やっぱり、性別すらも超えて、本当に好きになれる人を探そうってことですか!? って泣いて……」


「違う、違うんだ」


「……じゃあどうして、イサ?」


 自分でも気づかなかった涙で視界がぼやける。

 きちんと伝えるなら嗚咽を混ぜてはいけない。


 一呼吸置いて、俺は言った。


「────自信が欲しかったんだ。ずっと一人の人を好きでいる為に」

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