第6話:火焔魔王、人間に転生する05
「アリストテレス=アスター!」
とある男子生徒がビシッと彼を指差した。なんちゃら裁判的な腕と指の伸ばし方で。
「はあ」
魔術の実践の講義でのこと。精神教養とは別の意味で、魔術使用はスピリットに影響を与える。魂魄の変異も地味ではあるが期待も出来るのだ。
「我々星乙女聖歌隊は君を弾劾する!」
「何故に?」
「かの星乙女を君はなんと心得る!?」
まずその『ほしおとめ』が何かを彼は知らない。
「新しい苺の品種?」
「ケーキ食べたくなってきたんだよ! にはは!」
都市部には彼女のお気に入りのケーキ屋もある。
「なわけで自重したまえ!」
「はあ」
調子に乗っているつもりもないが、自重しろと言われるなら返す言葉も無いわけで。
「ケタタタ。アリス。うっちにも火属性の魔術について――」
「――そこは懸念として」
「言ってるそばからー!」
クラリスとの会話を聞き咎められ、
「で、どうしろと?」
まぁそうもなる。
「決闘だ!」
「決闘……」
その言葉がよく分からなかったが、魔術で白黒付けることらしかった。ちなみに殺しは無し。だが過失致死は受け入れるとのこと。トントン拍子で話は進み、教諭も実践講義での有益性からか……止めることはしなかった。
「どちらも過失の無い様に。治癒呪文で治せる範囲の効果に留めます」
そんなわけで男子生徒とアリスは決闘をすることになった。
「えーと」
元々講義で使われていた演習場。魔術決闘にはあつらえ向きの場所だ。実践講義でも在ったためところどころ地面が焼かれていたり切られていたりもあるが、あまり彼の関心は引かない。
「では参る!」
男子生徒は憤激で呪文を構築した。
「
水属性の基本呪文。根幹の呪文であるため場合と術者によってはそこそこ威力も変異するが、アリスにとってはあまり意味のあるモノとは思えなかった。
「
彼も基本呪文で対抗する。属性相剋で火が水に負けるが、殊更勘案する事柄でもない。もともと本気を出せば殺してしまうのだ。呪文をむやみやたらに構築するわけにもいかなかった。ぶつかった魔術の激震を盾に、彼は間合いを詰める。
「火の属性が水の属性に勝てるわけないだろ!」
まぁ普通ならその通り。実際にアリスの魔術は威力で負けている。ただスピリットの相殺で自己に跳ね返っていないと言うだけで。
「南無三」
東方の呪文を唱える。意味は無かった。何も呪文だけが魔術でも無い。
「疾!」
間合いを詰める彼。男子生徒は瞠目している。火と水の属性で出来た水蒸気……霧から彼が現われたのだから。
「う、うわ……ッ!」
その左手が差し向けられる。
「
水が生まれ、風によって加速する。術理が乗っていた。問題は風が火に弱いことで。
「
彼の手元に炎が点る。放出するのではなく、拳に纏われ炎拳となる。
「な!」
二節呪文。高度な魔術行使だ。
「火焔発勁」
炎の伴った掌底が放たれる。熱はギリギリまで抑え、代わりに爆裂が付与される。
「烈火爆心」
炸裂音が轟いた。軽く起こした爆発が、男子生徒を吹っ飛ばす。およそ数メートルの距離で。
「魔術の武術化!?」「何だソレ!?」「有りうるのか技術的に!?」
「えー」
彼には普通に使える技術に相違ない。
「が……はぁ……」
吹っ飛ばされた生徒は、呼気を吐き戻しながら立ち上がった。手加減は効いたらしい。
「巫山戯るな!」
「何を?」
「魔術師が近接戦闘だと!?」
「あ、ルール違反で?」
統括している教諭を見ると、首を横に振られた。別にルール違反では無い。そもそもそんなリスク有る手段を用いる魔術師がいないだけで。
「認可されているようですが?」
「理念の話だ!」
「うーん。吾輩も知らぬルールがあると」
アリスは首を傾げる。
「単なる魔術の撃ち合いならお前に負ける道理も無い!」
「それもどうかと」
「お前なんかが星乙女に近付いて良い道理が無い!」
「だからその苺の品種は何?」
「行くぞ!
「はー……。
炎が加速する。一点突破で水を撃ち貫くと、男子生徒の側面を焼いて演習場の壁にぶつかった。障壁を焼いて霧散する。
「な……な……何を……」
「まだやり申すか?」
殺害が無しなら、これ以上は難しくなる。仮に水属性との有利不利の度合いを間違えれば、高確率で殺してしまうだろう。
「ケタタタタ! さすがのアリスでよ!」
周囲の瞠目の中、クラリスの嘲笑が響いた。なにが「さすが」なのかは、この時点のアリスには悟れない。
「先生。今度はうっちがアリスに指南して貰っても?」
「いいですけど本人に許可を取ってください」
それもご尤も。
「よろしいか? アリス」
「いや。構わないけど大丈夫で?」
ゴッドフリートの人間に火傷を負わせる意味は重い。ぶっちゃけ彼では責任も十全に取れないだろう。
「では本気を引き出して候へ」
演習場の中。ニヤリと彼女は笑った。
「クラリス様! 俺はまだ負けては……!」
「では三すくみで事態を続けようでよ。覚悟はよろしいか?」
「――――――――」
無論そんな覚悟が男子生徒にあるわけもなく。
「
「
男子生徒そっちのけで彼女らは魔術を撃ち交わす。クラリスの放った炎の加速呪文が、アリスの防御呪文で防がれる。炎熱が轟き、熱波が演習場を打ち据える。
「無茶苦茶です」
「ケタタタ! うっちも手応えあるでよ」
クラリスは笑うばかりだ。
「
今度は力の奔流が彼を襲う。マテリアルに伴う力だ。その具現性で土属性はかなりの影響力を持つ。トンと彼は地を蹴った。上空まで一瞬。力の奔流を躱す。
「
火焔の滝が注がれる。地殻の力に引っ張られながら、魔術は変わらず行使する。
「これはこれは」
「防がないと怪我し申すぞ」
「でよ!」
ニッと彼女は笑う。
「
「三属性も!」
火、土、水。器用にこなすクラリスだった。だが彼女は既に四属性使えることを述べている。風を使わないのは火に抗し得ないからだろう。
「水属性を使う気は無かったんだけど……」
有利属性を使うと平等性が薄れるという意味でだ。
「こうまでされると思惑も外れるでよ」
「こっちは火属性しか使えないんですけど」
生まれつきの魂魄がソレを示している。別段ソコに異論は無い。単に有利不利の必然性に文句を付けるほど器量が小さいとは言い難いだけで。
「無茶苦茶」
試合を見ていたカオスが呟いた。
「
「
爆発と障壁が互いにぶつかり合う。その炎の中に彼は落下した。中空での位置取りは出来るが、今は必要なかった。
「ヒュ!」
呼気を整える。熱波を受けつつ彼女に向かって落下する。
「疾!」
魔術も使わず落下してくるとは思っていなかったのだろう。普通なら熱エリアの掌握に基本呪文の一つも撃つのが定石だ。
「てや」
気の抜けた声とともに踵落としがクラリスを襲う。紅茶色の頭に打ち据えられた。
「が!」
「貴様何を!」
そこに男子生徒の……漸くの反応が発せられる。あまりに遅すぎたが。
「
水の奔流が彼を襲った。
最初から想定外。およそ認知の外からの攻撃。
「は?」
困惑し、
「げふ!」
打ち据えられる。そのまま流されて二転三転。
「えー」
その顛末を見届けると、
「それでは彼の勝ちということで……」
男子生徒を見据えつつ、教諭は彼の勝利を半ば称えた。
たしかに三つ巴とはクラリス嬢が言ったことでは在るし、アリスも認識した。その意味で男子生徒を蔑ろにしたのは彼らの戦術上の過失だ。誰に物言うモノでも無い。
「うげう」
「にゃふ」
アリスとクラリスが互いに吐息を逆流させる。
勝った負けたは別としても、互いに油断があったのも事実だ。
「無念なり」
「無念でよ」
「えーと……勝ったのか?」
教諭に言われても勝利の余韻に浸れなかった生徒の気持ちも分かるが、何にせよ事実は事実。男子の勝利だった。
「おお」「勝った?」「のだろうか?」「一応は?」
そんなわけで衆人環視らも一定の評価を男子生徒に贈った。
何とも歯痒いながら、それもまた事実の一片ではあったのだから、否定するにも一部の反論は避け得ない。
「で、星乙女って何?」
結局そこが今回の物議の根幹だ。
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