第5話:火焔魔王、人間に転生する04


「あー」


 朝は早く。アリスは風呂に入っていた。魔術の文明寄与もそこそこ形を為しており、学園都市では水や熱、気温操作などが技術化されている。溜めたお湯に浸って朝一の風呂はかなりの幸せだ。そんな感じで至福を覚えていると、


「にゃー」


 女子の声が聞こえた。白金色の髪の乙女だ。カラリと浴室の扉を開ける。寝ぼけているのか想定していなかったのか。完全に全裸だった。あまり発達はしていないが外見年齢相応なので特に残念というわけでも無い。これからの成長に期待だろう。恋する人は花なら蕾。


「先に失礼しています」


「あー。いいんだよ。にははー」


 欠伸をしつつシャワーを浴びて、それから沈黙。


「……………………」


「……………………」


 ふい、とアリスは湯船でリラックス。


「えーと? 師匠?」


「何か?」


 空気が死んだ。というか滅した。およそおっぱいもお尻もフルオープンアタックだった。どちらもがどちらもに。シャワーの音がやけに響く。


「――――――――ッッッ!!!」


 悲鳴が上がった。もちろんピアのもの。胸と股間を手と腕で隠して、顔を真っ赤にする。


「なななななっ!」


「何です?」


 アリスの方は怪訝そうに状況を疑っていた。女子の裸を見ても思うところも無いらしい。


「何でいるんだよ!」


「風呂を頂いていた」


 ――他に何か?


 言外にそう語る。熱魔術で風呂は熱々だ。


「え? そんな感じ?」


「だから何が?」


 元々が魔族だ。人の営みには興味がない。とはいえラッキースケベがここまで手応えが無いのも問題ではあるが。


「もしかして不能?」


「何の話です」


 キョトンとアリスは首を傾げた。


「あのー。この際言いますけど」


 胸を腕で隠しつつ。


「ピアを何とも思っていないので?」


「綺麗ですぞ?」


「う……」


 仰け反るピアだった。


「ちょっとズルいです」


「はあ」


 本当に率直な意見。


「貴君も入りますか? ちょっと狭いですけど」


「え? いいので?」


「というか何がダメなので?」


 そこら辺の機微がアリスには備わっていない。


「狼にならないので?」


「ダークウルフ?」


 そういう問題でもあるまいが。ピアはシャワーを浴びて、身を清めると、アリスの裸体を見た。


「うーん。無念」


 本当に何とも思ってないらしいのは彼の身体から見て取れた。


「じゃあ失礼して」


 ここで逃げるのも敗北と取ったのか。二人用の浴槽にピアは身を沈めた。


「師匠は何も思わないんだよ?」


「例えば何を思うのが正解なのでしょう」


「えーと。ピアの裸を見て絶叫とか?」


「様式美?」


「違うんだけどー」


 火焔魔王には通じない。


「でも熱処理は流石だよ」


「風呂程度は実家でもやっていたので」


 風呂を沸かすのは彼の役目だった。火属性の魔術師。


「ピアのおっぱいでも揉みます?」


「それに意味があるのでしょうか?」


 コレをアリスは素で言うのである。


「有るか無いかなら有るんだけど」


「んー?」


 浴槽で身体を重ねつつ、彼女の裸を見やる。黄金比で形成される女体はたしかに彫刻的には美しかった。


「ここで興奮されないと負けた気がするんだよ」


「負け……」


「なわけでヤっちゃう?」


「ヤる?」


「性教育とか受けてないんだよ?」


「性って性別ですよね?」


「どこまで純情少年なのか」


 呆れ果てるようにピアは嘆息した。


「そも子どもが何処から来るのか知ってる?」


「キャベツ畑にコウノトリが……」


 知らないも同然だった。


「えーと、星乙女的にはこれでサービスしてるんだけど」


「裸がどうのか?」


 服飾の文化は在るので、裸族が異文化なのは知っている。


「うー。師匠は天然すぎるんだよ」


「さいか」


「なわけでおっぱいを揉んでください」


「母さんよりちっさいな」


 ふにふに。色々と色の無い話だ。


「これからですから。これから大っきくなるんですだよ」


「そんなんで大きくなるのですか?」


「愛を以て揉まれれば」


「愛?」


 そこからアリスには分からなかった。辞書的な意味、表現的な意味では識っている。


「愛も知らないの?」


「好きってことか」


「そう。好きってこと」


「でもお前様は吾輩の親ではないですぞ?」


「本当にその誤解は何でしょうね」


 スッとピアがアリスの胸板に手を添える。


「こっちは逞しいのに」


「うーむ」


 アリスはピアの身体をペタペタと触っていた。


「興奮しないので?」


「戦闘ほど盛り上がるのですか?」


「そうでは無いですけど」


 嘆息。


「こっちのおっぱいを揉んでおいて何も無しはちょっとこう……」


「にゃー?」


 やはり彼には分からなかった。




    *




「くあ」


 コーヒーを飲みつつのんべんだらり。部屋の都合上、あるいは学院の都合か、ルームメイトは三人ほど居た。


「で、先の悲鳴と」


 同じくコーヒーを飲みつつカオスが呟いた。白銀に染まる髪はおよそ日光を輝かしく反射し、魔術とは別の意味で神秘性があった。


「一緒に住めばそんなイベントも起こりますよね」


「にゃー?」


 アリスは理解もしていなかった。


「それでは参りましょうか」


 ピアは撃沈。クラリスは睡眠。しょうがないのでアリスはカオスと一緒に寮の食堂に顔を出した。どよめく周囲。時間的に早いので人数こそ揃っていないが全く居ないわけでもない。アリスは焼き鮭定食を頼んだ。


「はむ」


 穏やかな朝餉が始まる。


「アリス様は心地良いですね。心配レスで憂慮レス」


「あまりそんな評価を受けた覚えもないもので」


 はむ、と焼き鮭を口に放る。


「スピリットは生まれつき強いんですか?」


「そこそこに」


「メガノ級が使えるくらいですものね」


 クスリとカオスが笑った。こっちはモーニングらしい軽食だ。


「学院に通わなくてもスピリットは育てられるんだけど」


「形而上学に関係する以上、人が多い方が良いですよ。やっぱり」


「うーん」


 少なくともスピリットに関して彼は特級だ。火の属性は電体を用いるので、その意味でもかなり有利ではある。


「しかし魔術を研究してどうしようと?」


「人殺しですかねー。喪に服しレス」


 パンを食べながら皮肉を彼女は口にする。


「人殺しね」


「人間って奴はどうにも平和と縁が結びレスなようで」


 それは元からだ。彼、アリストテレスがまだ火焔魔王グランギニョルだった頃も大概馬鹿をやっていた。勇者などその尖兵だ。


「勇者……ね」


 ポツリとつぶやくと、意外と反響があった。


「アリス様は信仰しているので?」


「御苦労な御仁とは思うよ」


 まぁ人類代表で魔族と戦わされていたのだから、その骨折りは敬服に値する。


「アリス様は勇者が好き、と」


「どうだろね」


 別段恨みも無いが、だからといって好意を向けるかは極論だろう。食事をしつつ茶もしつつ。そんな感じでカオスと過ごし、部屋に戻る。ピアは無念とアリスを睨み、クラリスは惰眠を貪っていた。


「アレは良いの?」


「毎度のことなので」


 ゴッドフリートの寵児らしく、退学を不利益に思う程度には能力も高いとのこと。


「師匠は天然すぎる!」


「親からもよく言われたなぁ」


 制服に着替えつつ、彼はすっ惚けるように言葉を口にする。


「ガチで気にならないの!?」


「だから何を?」


「例えば愛の前に来る物とか!」


「I?」


「古典語では叡智ですね」


「Hね」


 そんな人の営みを彼は知らない。


「うー!」


「ピアをここまでからかえる人材が普遍レスなんですけど」


「真摯に応対しているつもりですが」


「この借りは授業で返すよ!」


「青は藍より出でて藍より青し」


 師匠超え宣言も虚しく響く。


「ところで講義って何すれば良いので?」


「トランスセットやら魔術史学やら色々と」


 転校からこっち、学業に関してはあまり明るくない彼だった。

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