第4話:火焔魔王、人間に転生する03


「えーと。アリストテレス=アスター殿」


 王国と帝国の国境沿い。広く取られた平野の学園都市に結局アリスは立っていた。今は面接室で教授と応対している。


「はい」


「流石はあのアスター夫婦のご子息ですか。まさか騎士団から推薦を勝ち取るとは」


 アリス本人はあまり両親の凄さは知らないのだが。


「ちなみに得意な属性は?」


「火ですね」


 火。

 水。

 土。

 風。


 この四属性が基礎だ。ここから亜属性が広がる形になる。


 しばし質疑応答が続き、魔術への理解や知識についてそれなりに論じることとなった。

 魔術への理解に関しては転生魔王として不足は無い。無論、年月が経っているのでニュアンスが違うところはあったが根本に於いては差し障りが無かった。ただ魔術が神聖視されており、魔族が魔術文明の反動だと言うことだけは論じなかった。ここでは黙って居た方が良いだろう。沈黙は金だ。


「後は実技試験ですねー」


 やはり魔術を実際に使わないと学院への所属は認められない。もちろん書類を疑う真似も教諭はしないし、騎士団の推薦を軽んじもしない。単に形式上のベルトコンベアだ。


「おお」


 広く取られた演習場にアリスは驚いていた。

 学園都市として機能しているので場の確保はかなり上等だ。しかも魔術都市としての機能も拡張されており、魔王時代より洗練されている。


「南無」


 演習場はコロシアム形式で、ほんの少し観客が居た。転入試験のような物だ。もちろん入学試験であればそれなりに実力を量る教諭や教授は現われるだろう。だが今回に限っては騎士団の推薦もあり、そこまで転入生を評論しようという輩は集まらなかった。全然居ないワケでもないとしても。


「では生徒アスター」


 風属性の魔術だろう。声が演習場に響く。

 アリスの知らない間にそんな魔術が出来たらしい。一応現代文明との摺り合わせもあったが、単純な構成の魔術とは別に亜種系の属性もかなり開発されているのがモダン魔術だ。


「一番得意とする基礎呪文構成を見せてください」


「一番得意と云われても……」


 ポリポリと頬を掻く。


 古典魔術クラシックの使い手としては披露して良いのかも判らない。


 さすがにオメガ級は使えない。いや使っても良いのだが、その場合学園都市の三割から五割が火の海に沈む。火焔魔王の常識をこっちで語る愚挙はアリスも把握していた。


「少し段階を落としますか」


 演習場の広い場をどうにか破壊せずに治める魔術。その魂の色合いで彼は火属性にしか親和性が無い。燃焼や爆発の二次被害は整理整頓しないとまぁ酷いことになる。ではどうするかという理屈にも為り。


大体メガノ火焔フレイヤ


 端的な二節呪文を唱えた。メガノ級だ。一般的に階位設定と呼ばれる節で定義される呪文。そこに火焔フレイヤを乗せた形。炎が膨れあがって演習場を焼いた。さほど大層なことをしたつもりもないが、


「…………あら?」


 周囲は瞠目していた。


 ――やりすぎたか?


 やりすぎたのだ。


 まず以て十四歳で至れる境地ではない。メガノ級は、卒業生レベルでも希少とされる呪文構成であった。図書館では普通に解説されているので知らない人間はいないだろう。しかしスピリットの問題として一般的にはかなり高度な技術だ。焼き焦げた地面を見つつ胡乱げにしていると、教諭が近付いてポンと肩に手を置いた。


 合格だった。




    *




 王国と帝国の共同出資で学院は成り立っている。その意味でグローバルな文化が構築されており、政治的にも意思が介入する。転入生のアリスはそこそこ注目を浴びた。入試試験についてはあまり出回ってもいないようであるも。


 両親と離れて生活することに不安はあったが、人間としての文化理解には独り立ちも相応だ。元々が魔族だったので、人類としての立脚は彼の思うところだった。


「人……ねぇ」


 愛を以て他者と接する。そんな両親の愛に支えられた十四年は彼を魔王から少しだけ変質せしめていた。王国側の制服を着て校舎を渡り、学生寮へと向かう。王国と帝国の制服は綺麗に半々だった。


「失礼をば」


 学生寮で宛がわれた部屋に入る。


「にはは! どうも!」


 返ってきた答えは美少女性に溢れていた。


「……誰?」


 乙女だ。制服は王国の女子制服。スカートから伸びる生足が眩しい。


「ピーアニー=ガーデンっていうんだよ! にはは。ピアって呼んで!」


 ピーアニーことピアは二段ベッドの上段で足をプラプラと揺すっていた。スカートの中身が見えそうだったがアリスはそこには執着しない。


「寮生で」

「おや。動揺しないんだ?」


 むしろ何故動揺しなければならないのか。そこから彼には判らない。


「ちょっと気になってね。ネームド権限で同室にさせて貰ったのさ」

「一緒に暮らすってこと?」

「そう相成りますなー」


 にはは、と彼女は笑った。


 白金色の髪に宝石を思わせる碧眼。御尊貌の造りは丁寧で美少女と論評して差し支えが無い。アリスも違和感は覚えなかった。


「師匠はアリストテレスで?」


「ええ。アリスとでも呼んでください」


「そこは師匠と呼ぶので問題は無いんだよ!」


「師匠?」


「魔術の師匠!」


 サラリとピアが述べる。


「まさか転入でいきなりメガノ級を使われるとは! 敬服に値するんだよ」


「使えないので?」


「使えるんだけどね!」


 じゃあ何なんだという理屈だ。


「師匠は何者?」


「その辺にいる一般ピーポー?」


「本当にそうなら困惑もしないんだけど」


 プラプラとピアの足が揺れる。


「なわけで師匠には指導をして貰いたい!」


「メガノ級が使えるのでしょう?」


「にはは! 使えるけどもさ!」


 じゃあ何を習うのか。ギガラ級か?


「其れもあるね!」


 あるらしい。


「あと星乙女として勢力図にも如何があって!」


「星乙女?」


「知らないの?」


「まこと以て」


 アリスは両手を挙げた。




    *




「やっほー! カオス。クラリス」


 ピア。ピーアニーはおよそ同値の美少女に声を掛けた。銀髪の少女と紅茶髪の少女だ。どちらもピアに負けないほど御尊顔がよろしく乙女として完成していた。


「で、こっちが師匠」

「ども」


 頭を下げると衆人環視がどよめいた。


「なに?」


「なんでもござらんなぁ」


 スルリとピアはスルーした。


「彼がメガノ級を?」


 懸念するような銀髪の少女。


「いきなり使った噂の転校生ですな!」


「ケタタタ。でよ」


 紅茶色の髪の少女が笑い飛ばした。


「では食事にしよう」


 と四人は学食でそれぞれに好きな物をとった。一応食費も学費に含まれているので、ここで金銭取引は発生しない。


「えーと」


 困惑するアリストテレス。


「どうも。私はカオス=マクスウェルと申します」


 銀髪の方が先に頭を下げて名乗った。紅茶髪がそこに追いつく。


「うっちはクラリス=ゴッドフリートでよ。そこそこに」


 ゴッドフリート。帝国でも有数の貴族だ。名前くらいはアリスも知っていた。


「アリストテレス=アスターと申します。アリスと呼んでいただければ」


「恐縮レスで」

「アリスっちね。分かったでよ」


 自己紹介も済んだ。


「それで皆様方は何者で?」


 周囲の視線がどうにも粘っこい。


「然程レス」

「だね~」

「ござらんでよ」


 サラリと流された。


「私はいわゆる劣等生で」

「うっちは優等生でよ」


「ピアは?」


「一極魔術師だねー」


「ちなみに属性は?」


「師匠と同じ火!」


 そこら辺も把握されているらしい。


「そんなわけでシクヨロ!」

「それはいいんだけど」


 ガシガシと頭を掻く。


「不敬を働いているのは誤認?」


「杞憂レス」

「殊更に述べれば」

「うっちらは人気だからなぁ」


 なんでも星乙女と呼ばれているらしく、学院でもアイドル的な立ち位置らしい。


「で、師匠が転入と同時にいきなり仲良くしているから何事かと!」


「そっちから距離詰めてきたよね?」


「にはは。サイレントマジョリティに理論は通じませんから!」


 軽く笑われた。


「なわけで星乙女の派閥も存在し」

「私は気に掛けレスなんですけど」

「うっちはむしろ家名の方が重いでよ」


「そんな感じで師匠が何者為るや」


「然程でも無いんですけど」


「だよねー!」


 ピアは、にはは、と笑った。


「なわけで魔術の指導をよろしく!」


「私も。私も」


「クラリスに習った方が良いのでは?」


 聞くに優等生だ。


「天才肌な物で」


 それが皮肉に成らないのも彼女の人徳か。


「クラリスは本当に」

「にはは。だねー」

「うっちも良くは分かっておらんでよ」


 そういうことも彼女なりの謙遜らしい。そうでなくともスピリットの問題は魔術師にはついて回る。質と量。どちらが欠けても魔術は立脚し得ない。


「魔術ね」


 そこが懸念でもあった。

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