第7話:火焔魔王、人間に転生する06


「星乙女」


 スターネームと呼ばれる二つ名を持つアイドルらしい……とはアリスの聞いた話。ここでも色恋には多感な時期の学生は多いので、愛らしい乙女はとくに神聖視されるらしい。


「はあ」


 と述べるより他なかったが。そんな星乙女の内の三人と同室という……ちょっと何と言って良いか分かり申さんですね的な状況に身を置いている彼は自己評価があまり得意ではなかった。


「この時の呪文構成に於けるスピリットの変容は――」


 呪文総合学での講義を受けつつ、噂の種にされつつ、彼は学院での生活を過ごしていた。


「やあ。シリウス嬢」


「ソレ止めてほしんだよ。カオス的に言うなら敬意レス!」


「中々気難しい年頃で」


「師匠に言われると……こう……負けた気になるね!」


 然程か。


 ふむ、と彼は首を傾げた。


「次は講義だよ?」


「いえ。ポッカリ予定は空いています」


 単位制なので、システム的には大学に近い。


「じゃあデートでもしませんか!」


「よろしいので?」


 ピアの方から誘うとは思いもよらず。


「師匠は頼り甲斐があるので!」


 どういう意味かをピアは語らなかった。


「嫉妬の視線が怖いんですけどね」


「本当に怖いと思ってる?」


「この気持ちはむしろ申し訳ありませんに近いのでしょうか。なんにせよ愛らしいお嬢さんという奴は吾輩が思うよりどうにも価値が重いらしく」


「デートするから幸福よね?」


「幸福…………ね」


「はい」


 ピアが手を差し出した。


「生命線が長いですね。息災に過ごしてください」


「手を繋ごうって言ってるんです!」


「はあ」


 ぼんやり頷きつつ彼女の手を握る。


「学園都市は詳しいかな?」


「あまりです。こっち来たばかりですし」


「じゃあケーキを食べましょう! 良い店知ってるんだよ!」


 には、と彼女が笑った。しばらく歩きつつ、周囲を見やる。なにか注目を集めるのは、さすがのピーアニー=ガーデンと言ったところか。


「護衛なら師匠が一番だよ!」


「ガーディアンねぇ?」


 特に意識することも無く、魔術を起動。


火焔フレイヤ


 ボッと炎が点って消えた。


「あんまり使うと魔に呑まれるよ?」


 何を以て魔とするのかも議論の余地がある。だがたしかに魔術にはそれなりのリスクはあった。呪文を口にするだけで強大な魔術が使える世界なら、まぁ魔族によって人類は滅ぼされているだろう。あるいは人類そのものの総自滅か。


「ピアは魔術師になろうと何故思ったんですか?」


「業かなー!」


 歯に物挟まったような表情だった。何かあるらしいことは察せたが、彼は面倒くささを持ち込むことを良しとしない。


「まぁいいんですけど」


 そんな感じでケーキ屋に入る。タイルの敷かれた道路と、モダンな建築が乱立する中で、それでも大通りに存在するケーキ屋は、テラス席に座ると柄にも無くテンションが高揚した。学園都市の大通りを通り過ぎるのは魔術師だったり商人だったり。ピアは目立っていたが、さすがにどうこうしようという人間はいない。


「ショート。チーズ。ショコラ。モンブラン。ミルクレープ」


 お品書きを見ることもなく彼女はさっさと注文した。


「むぅ」


 アリスの方はメニューと現実の接続が上手くいっていないらしい。少なくとも同じ注文をすれば胃がもたれるのは確かだ。


「そんなに食べて大丈夫なんですか?」


「乙女にとっては教養だよ!」


 聞いたこともない理論を振りかざす。


「じゃあガトーショコラを。あとコーヒー」


 そんな感じでまったりな午後。


「しかしピア嬢の人気は中々」


「煩わしいよねー」


「それで吾輩何かしましたか?」


「何かはこれからするんじゃない?」


「えーと?」


 首を傾げる。そんなアリスに構わず、ピアは紅茶を優雅に飲んだ。穏やかな午後。日差しはポカポカ暖かく、行く人に不安の種は見て取れない。そのままアリスがガトーショコラをハムリと食べると、


暗黒ダーキオン風象ウォンド!」


 近くで魔術が炸裂した。暗黒の魔術だ。


「魔族?」


「魔人だよね」


 モンブランにフォークを刺しながら素っ気なくピアは答える。とかく魔術の暴力より目の前のケーキの方が比重が大きいらしい。腰を上げもしない。それはアリスもそうだが。


「まぁ魔術実験場って意味でなら魔人や魔族程度は出るわけで」


「学院としてソレは良いので?」


「業かもねー」


 サラリと彼女。実際に魔に呑まれるのはここでは普遍だ。社会的に成り立っている以上、対処マニュアルはあるのだろうが、なんにしてもリスク有ってのリターンは何処でも一緒らしい。


「ふむ」


 サクッとケーキを食べる彼。


「――――――――」


 何処の誰ともしれない魔人が吠える。同時に治安維持部隊が出動する。さすがに一対一で処理しようとか、そんな無謀さは無いらしい。魔人化した時点で彼の者とは戦力に不均衡が出来るのだ。数を戦術に組み込むのも立派な手段だ。


暗黒ダーキオン風象ウォンド!」


 魔風が轟く。


火焔フレイヤ!」「火焔フレイヤ!」「火焔フレイヤ!」


 その風を呑み込むように基礎呪文が立て続けに放たれた。火は風に強い。その意味で正しい対処だろう。


「我々は此処で良いので?」


「戦況を読んで介入するのもありかと」


「うーむ」


 とか言いつつ既にスピリットは励起状態だった。一瞬で過熱まで持っていくのだから侮りがたい。呪文の構築は魔人と同時だった。


奔流ヴァイスト風象ウォンド!」


強盾シルド火焔フレイヤ


 烈風が建物を傾がせるが、通りに膨れあがった風の大部分はアリスの魔術が貪った。


「なんだかなぁ」


 魔人化故か。性質設定もキッカリやっている。


 そんな感心をしつつもショコラを頬張って幸せな彼だった。さっきからテラス席を動いても居ない。遠隔発生魔術は彼にとり基礎にも為らない前提条件だが、一般的にはかなりの高々度技術だ。


「はー…………さすが」


「お褒めいただき恐縮の限り」


 おかげで魔人の意識がこちらを向いた。


「いまだ! やれ!」


 治安維持が動く。呪文を放って魔人の牽制。同じ呪文で彼の者は相殺した。属性の相性もあるが回避のタイミングを掴む程度の機微は不利属性でも発生する。


「――――――――」


 ルアッと吠える魔人。


爆裂フレア雷撃サンドル!」


「おおう」


 あまりな呪文にアリスがちょっと引く。雷撃。風の亜属性だ。しかも爆裂付き。広範囲に霹靂が炸広した。防御魔術の完成はそれよりちょっと早い。


強盾シルド火焔フレイヤ。ツヴァイ」


 またして火焔が盾となって、しかも二重に具現した。大通りを分断し、その魔人から伸びる道の空間を塞ぐ形で。さすがに通りの建築物まではフォローが回らない。石造や木造なら雷の属性はあまり問題にもならないだろう。


「メガノ級使わないの?」


「責任が取れない」


 元より彼の属性は火の一点特化だ。場合によっては石造りの建築物すら燃やし屠る。それこそメガノを呪文に組み込めば、魔人より自己に責任が帰結するだろう。


「にはは! じゃあピアがしようかな?」


「出来るので?」


「そこそこには!」


 謙遜には度が過ぎている。


「燃やして良いので?」


「そこら辺の調整は出来るよ! 師匠も出来るでしょ?」


 可不可なら可だが、やっていいかと言われるとどうにも首を捻る。ハグリ、とピアはケーキを頬張っていた。中々な肝の据わりよう。なおソコからの反応は苛烈だった。


大体メガノ火焔フレイヤ


 ボッと炎が猛り狂う。大通りが火焔で埋まった。地面を焼き、大気を捻曲げる。魔人の範囲に人はいなかったが、それにしても暴威的な威力だ。かろうじて治安維持部隊も難を逃れている。で、肝心の魔人は、


「――――――――」


 全身一度の火傷で突っ伏していた。


「無念」


 彼に言われたくは無いだろうが。


「どうするので?」


「マギバイオリズム次第ですかねー」


 ではあろう。魔人そのものは彼も王都で見かけた。もちろん親御さんの過保護もあって戦ったことは無かったが。


「にしてもこれって学院の問題じゃ」


 サクッとケーキをフォークで崩しつつ。


「ワールドアナフィラキシー……ね」


 世界そのものの人間という種に対するアレルギー反応。


 彼は小さく呟いた。魔族の根幹を此処で説くほど彼は人間に理解を求めていなかった。ピーアニーに関しても、どこまで解説していいのかの塩梅が読み取れない。


「で、現状にピア嬢はどう思っているので?」


「どーって言われても」


 並んでいるケーキを順番に食べる。


「魔術で魔が襲うなら、そのリスクヘッジを無くす研究も魔じゃ無いと出来ないんじゃないんだよ?」


「魔かぁ」


「魔です」


 その一言が何より重い。


「その辺師匠は器も大きくよろしゅう!」


「人より得意ではあるけどね」


 火焔魔王が一般人より火属性魔術で劣っていれば世話は無い。


「なわけで師匠にはコレからも教わること多々!」


「ケーキ食べてれば幸せじゃ無いの?」


「それもある!」


「あるんですね」


 そこを掘り下げようとは彼も思えなかった。魔術も研鑽するに興味深い分野ではあるが、人はパンのみに生きるに非ず。あらゆる複合要素が人類文明の基盤だ。


「ケーキも然り。茶も然り」


 ――騎士団の給料をこんなことに使って良いのか?


 そこも彼の懸念材料だった。

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