「宿り虫」

「これがこの国の正義だというのなら、もうここは私の居場所ではありません」

 ――ネスカ国特務隊、ファラ・リィエン中尉



 ネスカ国の研究員は辺境で蔓延した奇病の調査中、患者の患部で極小の虫を発見した。

 その体はごく小さく、特殊な機材を使わねば肉眼で見ることさえかなわない。技術力に長けたネスカでなければ、きっとこの虫の存在は誰に知られることもなかっただろう。研究者たちの一部は、この出会いに運命を感じたという。


 この虫は人の体内に宿り、数日、あるいは数週間潜んだ後に、突然宿主の命を絶ってしまう。そして数時間後、宿主となった人間は突如として起き上がると、まるで幽鬼のようにさまよい、人を襲うようになるのだ。

 これこそが、死人病と呼ばれる奇病の正体なのだった。


 また、虫は宿主の体内で分裂、あるいは増殖しているようで、襲われた人間の体内にも虫が入り込む。そうして伝染病のようにこの虫は拡散していくが、弱点もあった。不思議なことに、虫は人間以外の生物にも寄生はするものの、その他の生物では体内に潜り込むだけで、それ以上のことは何もしないのだ。それどころか、人間以外の体内では数日も持たずに死んでしまうことがわかった。おそらくこの特性が、虫をネスカの辺境に封印していた理由でもあるのだろう。

 

 ネスカはこの虫の、数日中ならあらゆる生き物にも寄生することと、一見すると病にしか見えず、ネスカのような技術を持った国でなければその存在を確認することすらできない微細な体に注目した。

 そしてネスカは、当時険悪な関係だった隣国の、国境沿いの漁村にこの虫を宿した魚を放ったのだ。虫は瞬く間に漁村と、魚を取引していた商人を通じ近隣の街にまで被害を及ぼし、女子供や老人、人である限り存在する全ての命を奪っていった。しかし、あくまで原因は奇病によるものとされ、ネスカがそれに関与していると疑う者など、誰もいなかった。


 奇病は隣国の力を著しく低下させ、その後も数年の間、いくつかの国を巻き込みながら恐ろしい伝染病として人々を疲弊させ、また恐れさせた。

 だが悪夢は突然、終わりを迎えることとなる。唯一被害の少なかったネスカ国は、病におかされる者たちと真摯に向き合い、その技術力を用いて奇病の正体が虫であることを暴くと、その治療法をも見つけたのだ。

 そして一年にも満たない間に、ネスカの支援によって虫による悲劇は終りを迎えた。そう、ネスカによって、多くの人々が救われたのだ。その功績に各国はネスカを称賛し、一つ間違えば戦争すらあり得た隣国でさえ、己の救い手に頭を垂れた。

 

 だが、虫は全てネスカからもたらされたものだ。その真実を知る者はごく少なく、また全てが口を固く閉ざしている。

 しかし、人の心までは縛ることはできず、ネスカはこの時、いくつかの指を失ったのだった。

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どこかの世界のファンタジーアイテム図鑑 天宮 悠 @amamiya

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