相樂啓太は変えられない

名苗瑞輝

相樂啓太は変えられない


相樂さがら先輩って、まだガラケーなんすね」


 会社の後輩、本間ほんま飛斗あすとが言うように、俺は未だにガラケーを使い続けていた。


「別に、ガラケーでよくないか? 学生の頃からガラケーだけど、困ったこと無いんだが」


 初めて手にした携帯電話は、今で言うガラケーだった。

 その頃はまだスマホも無く、折りたたみ式が主流になり、ようやくカメラが付き始めたくらいだ。

 カメラの品質は今にして思えば全然ダメダメだったけれど、普段から持ち歩くケータイで写真が撮れるということは、なかなかに革新的あったと思う。


「写真とか撮らないんすか? っていうかそれ、カメラ付いてます?」

「付いてるし、写真も撮るぞ。学生時代は写真部だったからな」

「じゃあスマホでいいじゃないっすか」

「いやいや、趣味だからこそ、ちゃんとした写真は自分のカメラでちゃんと撮りたいの。逆に日常のちょっとした写真くらいなら、ガラケーのカメラで十分。というかこれはこれで良さがあるからな」

「えー、そんなもんすか?」


 本間は不服そうにそう言うが、「じゃあ」などと次の提案を打ち出してきた。


「ゲームはしないんすか?」

「スマホの?」

「あ、まあ普通のもすけど」

「普通のゲームなら家でやるよ。スマホゲーは……そもそも何が楽しいんだ?」

「いや、色々あるんすよ。パズルにクイズ、リズムゲーにRPG」


 ジャンルに続けて、それぞれの具体的な作品名を本間は語る。

 本人はどれもやっているらしい。そんな時間がどこにあるんだか。


「結局そういうのって、ガチャありきだろ」

「まあ、そうすね。ガチャで強SSRでも出ないとキツいすね」

「強くなった先に何があるんだ」

「自己満すね。まあでも、普通のゲームもそうじゃないすか?」

「一つのゲームにかける金額が違うだろ。まあ、最近はDLCなんてのもあるから、一概にも言えないんだが」

「あ、でもスマホゲーなら無課金でも結構遊べるすよ」

「結局それって、やれること限られてないか?」

「……文句しか言わないすね、先輩」


 呆れたように本間は言うが、しかし諦めてはいなかった。


「音楽とか聴けるんすよ」

「音楽プレイヤー」

「言うと思ったす。どんなの使ってるんすか?」


 本間の質問に対し、俺は鞄から音楽プレイヤーを取り出して彼に見せた。

 彼はそれを手に取ると、まずは外観をぐるりと見回して、やがて電源ボタンを押してディスプレイを点灯させた。


「いやいや、これOSがスマホ用じゃないすか」

「そうだな」

「ええ……。おかしいすよ、スマホでいいすよね、これ」

「音質がな、違うんだよ」

「ええ……。そんなの宗教じゃ無いんすか? ていうか、カメラだけじゃなくてオーディオもとか、金持ちすね。この仕事って稼げるんすね」

「そこはお前次第だな」

「うす、頑張るす」


 こうやって話が横道に逸れて、スマホの話は終わると思っていたのだが、彼はまた話を戻そうとしてきた。


「あとは漫画なんすけど。紙と違って、持ち運びが楽なんすよ。あ、漫画以外にも、専門書とかいいすよ」

「タブレットで見るから大丈夫だ」


 今度は鞄からタブレットを取り出して見せた。

 本間はそれを見て唖然とする。


「おかしいすよね」

「スマホの画面じゃ小さいだろ」

「いや、そうすけど」


 そう言って、次はなんと言おうかと思案するような本間に対して、俺はこう訊ねた。


「なんでお前は執拗にこだわるんだ?」

「逆に先輩の方がガラケーにこだわりすぎじゃないすか?」

「……新しいものに変えるのが苦手なんだよ」

「音楽プレイヤーとかタブレットとか滅茶苦茶新しいすよね!?」

「あれは変えたんじゃなくて新しく買ったやつだから」

「面倒くさいすね!」


 などと本間がツッコんだところで着信が鳴った。

 俺はポケットから携帯電話を取り出し、相手を確認する。取引先からだ。

 その旨を本間に伝えて電話に出る。今朝送ったメールでの問い合わせに関しての話である。

 暫く会話して通話を切るや、本間が言った。


「スマホ持ってるじゃ無いすか。なんすかそれ」

「ああ、先週から社用携帯支給されたんだ。これからはこっちに電話してくれ」

「マジで意味分かんねーす」


 本間はただただ呆れるだけであった。

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