23 杯目 飛礫

SIDE コシロー


 大方の予想通り、紘目ひろめ氏の「最終声明」は、最終などと呼べる代物しろものではなかった。自己批判などとおおげさな名を付けておきながら、安価なメッキのように薄いガワばかりの反省だった。世間の認知度云々それ自体は間違いではないけれど、今回僕たちが撤回を求める理由、根幹の部分については何も言及しなかった。最終声明で述べるべき事柄としてこれを選択したということは、丁寧な説明さえしておけば他に何一つ問題がなかった、他に反省すべき点はないと暗に示していることになる。


「断固として抗議しましょう」

「そうだそうだ。まだ二十分以上残っています。できるだけやりましょう。配信を続け、紘目氏の態度が如何いか悪辣あくらつであったかを万人に訴えかけましょう!」

 紘目氏の声明は恐らく不誠実なものになるという覚悟は全員ができていたため、動じることなく満場一致で次の行動に着手できた。とは言っても、これまで通りの主張に加え、氏の声明の穴を追及することが中心で、直ちに大打撃を与えうるものではなかった。それでも、僕たちはプラカードと麺棒を再び手に取り、紘目邸の玄関扉に向かって並んだ。

 

 石丸さんからこう呼びかけた。

「今のあなたの声明は真摯しんしとは程遠いものであった! 我々がこれまで問いかけてきた問題の本質には一切答えずに、的外れな点を反省している。あるべき姿はそうではない。我々の問いに答える義務があなたにはある。それでなければ、最終声明たりえないんだ! 世間を見てほしい。今のずれた『回答』を、世間は見抜いているはずだ。自身の対応が全く以て真摯でないと受け止められていることに、気が付かなければならない」


 続いて他のメンバーも順々に主張をしたけれど、僕たちを嘲笑あざわらうかのように、扉は固く閉じられたままだった。酷く冷たい対応だった。無機物だから当たり前なのだけれど。ああこれがなしの飛礫つぶてというやつだな、使いどころが分かった、と僕は実感した。自分たちの主張を否定されているというのに、妙におかしかった。


 結局紘目氏は何の反応もよこさず、ついに分針が真上まで来てしまった。


「ようし!」

 石丸さんはくるりと体を向けると、動画配信中のスマートフォンに向かってこう言った。

「全国、全世界の皆さん。只今を以て、我々うどんを愛する学生集団の前進的行動は一旦休止します。けれど我々の闘いは決して終わったのではなく、我々や、我々に賛同してくださる同朋たる皆さんが、うどんの平和のために再び行動を起こすその日まで、この配信を休止します。どうもありがとう」


 石丸さんは振り返って、無言のまま全員と握手した。泣いている者もいた。


 それからすぐに、僕たち十二名は紘目邸を後にした。


 かくして、僕たちのうどん運動は、一旦幕を下ろした。

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