19 杯目 風向

SIDE 石丸いしまる 比地大ひじた


 それからの三日間、庭に寝泊まりしてまで紘目ひろめ邸に居座り続けたにもかかわらず、我々は紘目氏と直接話し合う機会を終ぞ得なかった。庭に寝泊まりしたのは我々に金がないのが主な理由であったけれども。水、木、金と連続で、氏は朝日が昇る頃に出勤し、夕日が落ちてから帰宅という行動パターンであった。社会人として至極普通である。実にうかつであり万死に値するミスだが「活動時間帯は午前十時~午後七時」という条件は氏が出した時点で交渉すべきであった。この時間帯で、我々が社会人と接点を持つことは容易でない。これでは平日の対話などできるはずもない。振り返ると、氏は確かに「対談に応じる」とは一言も言っていない。端からまともに応じる気などなかったのだ。しかし一旦合意してしまったものを翻すことはできない。氏は明確に条件を提示しており、それを承諾したこちらの検討不足なのだから。


 重大な懸念事項の一つである「時間切れ」が、現実味を持って我々に迫りつつあった。人によっては来週には期末試験が始まる。学生である以上誰もが受け入れなければならない唾棄だきすべき制約で、それは私とて例外ではない。従って我々の勝利に向け、明日明後日の二日間が重要になる。夏の日の旭光きょっこうの如く目覚ましい前進を今後の二日間でいかに達成できるか。達成のためにあたう限り全ての力を我々全員が発揮できるか。それらが、うどん運動における我々の勝敗を決定付けると言っても過言ではない。


 土曜日の朝、我々はSNSへの投稿と並行してライブ配信を始めた。この攻防をリアルタイムで世間に発信しようというのである。声量を七十デシベル以下に抑えつつ、屋内にいる紘目氏に向かって、我々の主張を繰り返し伝え、対談に応じるよう求め続けた。だがそれには何の反応もない。完全に無視を決め込むつもりだろうか。先日の投稿に続いて、またしても黙殺しようというのか。

 それでも、日が落ちる頃には世間の関心は次第に高まってきた。うどん「如き」に対しこれほどの自発的・積極的運動を起こしたことや、家主の許可があるとはいえ人の庭に居座り続けることへの好奇の目が多数をしめていたけれども、一方で、我々への応援メッセージが届き始めたことも事実である。私を始めメンバーのアカウントはフォロワーが次第に増えはじめ、指数関数的増加を見せていた。いつしか「うどん運動」「謎マナー」がトレンド入りし、ハッシュタグも目に付くようになってきた。その動きは我々に対してのみならず、紘目氏に対しても見られた。謎マナーの倫理的問題点やそれを根拠とした早期撤回に言及する投稿が、氏に宛てて送られるようになった。刻限が近付きつつあるとはいえ、吹くべき方向に風が吹き始めたのを、私は確かに感じ取った。

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