20 杯目 遷移

SIDE 紘目ひろめ 茉奈まな


 様子がおかしくなってきたことを感じ始めたのは、土曜の昼過ぎだった。わたし宛てのクソリプを含め、投稿の内容が明らかに変化してきたのだ。単純かつ的外れな批判に加えて、うどんを愛する学生集団(自称)への賛辞と共にわたしを批判する投稿が増えてきた。一体これはどうしたことだろう。SNSにはおかしな奴がうじゃうじゃいるのだからとずっと相手していなかったのだが、何だか雲行きが怪しくなってきた。


 ビジネスの場における角の有無の重要性とそれを成り立たせる論理については、ブログ、SNSの両方で既にきちんと説明した。それを読めば誰でも理解できるであろう内容にしたつもりだ。にもかかわらずわたしの提唱したマナーへの反対意見は減らず、一方でうどんを愛する(略)を賛美する投稿が目立ち始めた今の状況は、明らかに正常ではない。相手の意図をじっくり捉える時間を取らないまま脊髄反射的に返信するスタイルでSNSに浸っている人たちにいくら親切丁寧に正論を教えたところで、収穫はない。だがそれはわたしにとって収穫がないだけで、差し当たっての害がある訳ではない。


 ところがそれは、彼ら文章を読まない人たちが個別に発言する場合の話である。情況は既に、わたしが想定していたものと異なる展開を見せている。うどん(略)への賛美があり、その上でわたしの提唱するマナーへの反対意見らしきものを投じているのである。すなわち、反対派の核としてのうどん(略)がSNS上で形成されつつあり、その酷く視野の狭い主張をコピペあるいは増幅したような手軽な「反対意見」なるものが広がりつつあるように思われる。その主張には全く正当性はなく、個々のアカウントは他人の言葉しか喋れない薄っぺらな存在にすぎないとしても、ネットの海で無数のアカウントが発信すれば、それは数の暴力となりうる。

 

 となれば、ネット民の過熱を止める策を講じる必要がありそうだ。うどん(略)それ自体は放っておいても差し支えない。なぜなら、学生である彼らはいつまでも遠征を続けるだけの資金を持っているとは考えにくく、いずれ音を上げて撤退すると考えられるからだ。問題はネット民だ。わたしの側に理があることが明白とはいえ、常識人を気取ったアカウントによる不当な発信が増え続ける現状を見ると、今後不測の事態が起きるのではないかと不安になる。私が正しく、なぜ正しいかの説明も既にしたからとやり過ごす方針は、正しいけれど現実的解決には結びつかないかもしれない。だから、ネット民がわたしに石を投げて良いと判断したきっかけとなった、彼らうどん(略)に対して、わたしは何かしらの打開的行動を取る必要がある。うどん(略)はそれをSNSに公開し、わたしも公開する。それによってSNSの「常識人」の溜飲を下げ、クソリプを止める。よし、この方向で行こう。収束が見えない状況を見て、そう考えた。


 わたしは玄関を開け、うどんを愛する学生集団(自称)にこう告げた。

「午後六時半から、不可逆的解決に向けた最終声明を発表します」

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