17 杯目 転進

SIDE 石丸いしまる 比地大ひじた


 それは誠に奇妙な提案であった。やるならわたしの家でやれ、と言うのである。


 突如現れた警察官は我々を会社の敷地から追い出そうと試みたが、それ自体は驚くに値しない。むしろ当初から想定していたことだ。私有地にアポなしで乗り込んだ挙句一方的に弁論を始めたのだから当然である。不審者と見られても仕方のない面はある。その上我々は木材を手にしている。我々に暴力的活動の意思はなくうどんの象徴として麺棒を携えたに過ぎないと説明したところで、一層怪しさが増すだけであろうことは想像に難くない。従って紘目ひろめ氏の提唱した謎マナーの粉砕を目指すこの運動を不可逆的勝利に向け前進させるには、警察や氏との弁論的攻防がカギになると我々は踏んでいた。

 ところが現実には、想定と全く異なることが起きた。紘目氏は警察官に退去を依頼し、早々に追い返してしまった。そのまま我々の面前まで近寄り、今後の運動はやるなら彼女の家でやれと言ったのである。何を言ってるか分からないと思うが私も何を言われたのか分からない。歓迎されていないことは確かだが、さりとて追い返そうとしている訳でもなく、先方の意図が皆目つかめない。全く予想外のベクトルを持つ矢が放たれたことによって、我々はぐらついた。


 我々は暫し相談し合った結果、ひとまず氏の家に闘いの場を移すこととした。氏からは住所の他に何点か注意事項を言い渡された。近隣住民への配慮を徹底せよとのことである。なるほど最もだ。内容に概ね問題がなかったため、下記の条件にて両者は合意した。

・使用を認めるのは庭先のみ

・時間帯は午前十時~午後七時

・騒音は七十デシベルを越えないこと。なお測定装置はうどんを愛する学生集団が用意すること

・紘目氏の就業を妨げないこと

・暴力行為の禁止

・全ての活動は一切自己責任とする


 合意すると、我々は守衛さんに突然の訪問を詫びつつ、敷地内から退出した。

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