15 杯目 空隙

SIDE 石丸いしまる 比地大ひじた


 窓に映る自分の顔は、知らぬ人のようだった。

 

 夜行バスはかた号は定刻通りに博多の街を離れた。これから先、ただひたすらに東国を目指し十四時間も走るのである。狭い車内とはいえ三列独立シートのおかげで、思ったほど居住性は悪くない。


 流れゆく景色を眺めていると、何やら本当の私は過ぎ去った後方の街におり、大都会行きのバスに揺られるこの私は、何者でもない、あいまいなひとのように思われてきた。事実、この数年間の大学生活で親交を深めてきた人々とは最早道を異にしてしまった。彼らは今日までも、そして明日からも、のんびりとした平和な学生生活を送り続けるだろう。その行動様式──というよりは不行動様式──が破滅的な未来しか約束しないとしても。湯の中に放置され続けたため、ゆるゆるとふやけてゆく麺のように、いずれは自らを支えられなくなり、崩壊するしかない運命だと気付いていたとしても。

 水で締められることもなく、穏やかな環境でずっと茹でられたうどんは、高みへ上ろうとしても「ぼちゃり、」とぼやけた音を立て、狭い世界に戻るしかないのだ。


 一方で、明日共に過ごす新しい同朋は、明らかに性質の異なる人々だ。一見平和な状況に甘んじることなく、待ち受ける未来を憂い、自ら立ち上がることのできる、コシのある者ばかりだ。今回の共闘的行動で我々が目指すゴールへの到達は決して容易ではないが、それでも共に立ち上がってくれるというのだ。冷水に浸けられようとも、破断するどころか不屈の精神で立ち上がり一層コシを増さんばかりの勢いを彼らは持っている。

 更には、私にとって彼らは、一人を除いてまだ会ったこともないvirtualな者ばかりだ。従って、此度こたびの決起によって、これまでの私とは明確に異なる人としての「私」が目覚めようとしている。


 では今、誰とも共に非ず、独りバスに揺られているこの私は、一体どちらの「私」だろうか? どちらでもなく、どちらにもなれず、ただただ、くらげの如く漂っているだけのように思われた。

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