14 杯目 旅程

SIDE 石丸いしまる 比地大ひじた


 終電までかかってコシロー氏をようよう説き伏せた明くる日、私は研究室で時刻表とにらめっこしていた。明後日には行う直接的行動、すなわち紘目ひろめ氏との直接対決の旅程を詰めようとしているのだ。メンバーはコシロー氏が知人全員に呼びかけてくれるとのことで不安はないのだが、現地までの旅程が未定なのである。時折入って来る指導教員の気配に注意しながら、私はページをめくっていた。


「……なんも分からん」


 旅行なぞろくにしたことがない私は、当然ながら時刻表の見方が分からぬ。ただただ小さな数字の羅列が詰まっただけの紙を見つめても、何も得られない。アプリで検索したものの、果たして検索結果に従うだけで本当にたどり着けるのか、旅慣れぬ私はいささか不安を覚えた。そこに至ってようやく、いつもコシロー氏がSNS上の知人であるメンテル氏と汽車の旅をしていたことに思い出した。そこで私は彼にメッセージを送った。


「ごめん、旅程を組みたいんだが時刻表はどうやって見れば良いんだ?」

返事はすぐに来た。今は二限のはずだが授業はどうなっているのか。

「良かったらこっちでやりますよ。決行は明後日ですよね? 時間もそうないですし、現地までのプランは僕の方で全員分組むので、石丸さんは決行プランを練っていただく方が良いかと」


 ありがたい申し出である。旅程の決定は彼に任せることにした。


 一時間後、彼から資料が送られてきた。数十ページにわたる旅程表である。今彼が受けているのは必修科目のはずだがどうなっているのか。

「ありがとう。しかし分量がすごいな」

「各メンバーの都合で選べるように色々選択肢を作りましたので。航空機、新幹線、夜行列車、鈍行、高速バス、フェリー……共闘的行動による謎マナーの撲滅というゴールを同じくする我々ですが、旅に関する思想、経済状況その他は各々異なります。此度こたびの行動における最終目標が同じだからと言って、それ以外の部分も足並みをそろえなければならない理由はありませんからね」


 なるほど最後の一言は最もである。私自身コシに対するこだわりは譲れないところであるし、コシロー氏曰く他の参加予定者の中にも、私と同様にこだわりを持つ者がいるようである。持ち上げただけで破断するような低強度の麺を至高とする者や、麺の径は最低でも一センチなければうどんでないとする者、覗き込んでも底が見えない真っ黒なダシを正とする者などが全国各地から加わるようだ。平時であれば、思想の異なる我々が集まったとて意見の一致を見ないことは明白で、血の気が多い者が混じっていればゲバルト的事態が生じる可能性も考えられるため、共闘的行動などできるはずもない。しかし今回我々が目指すのは、各位の思想の是非を問うことではない。この世に存在していないマナー、空虚なマナーを提唱したことに対し疑義を唱え、不可逆的撤回を求めることだ。今闘う相手を間違えてはいけないし、紳士たるべきうどん愛好家であれば、誰しもそれを心に留め共通の敵の打倒に向け協力できるはずだ。


 昼になり、参加者が確定した。総勢十二名にものぼった。

 指導教員の目を盗んで作成した「全国共闘うどん運動 活動のしおり」にコシロー氏の作成した旅程表を追加し、参加者へ送信した。


 次々に既読が増えてゆく。これでもう、後戻りはできないのだ。


 決行は明後日1300時。場所は紘目氏の所属する企業である。

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