13 杯目 連続体

SIDE コシロー


 何というやつだ。失望した。

 讃岐うどんがうどんの代表格であることは疑いようのない事実であるし、その特徴の一つがコシであることも事実である。従って、讃岐うどんこそが正統派である、コシはうどんの構成要素として必須であるとする石丸氏の主張も、やや狂信的ではあるものの仕方のない面はある。しかし、しかしだ。それを踏まえた上でも、氏の先程の発言は受け入れられない。


 僕がごく控えめに遺憾の意を表明すると、彼は即座に謝罪の言葉を述べた。

「コシを重視する私の思想はこれからも変わらないし、そのつもりもない。だが、だからと言って今のように面白おかしく揶揄やゆするのは良くなかった。これはうどんに限らず、社会を生きる者として守るべき基本的なマナーだ。だから今の発言は私が完全に悪かった」


 自身の狂信的な思想は今後も変わらないと断言したことに半ば呆れつつも、明確に誤っている部分に対しては率直に非を認めたその姿勢は、評価しても良いかもしれないと思った。暴走しそうだなという不安はあるけれど。もし共闘するならば、彼の特性を把握する必要がある。安全弁は設置されているのか、それはどの程度の圧力で作動するのか、何カ所あるのか。そこで僕はもう少し圧力をかけることにした。

「発言の誤りを認めていただいたことは評価します。ところであなたの思想の本質に関わる部分ですが、コシあり、コシなしの区分はどのようにしているのですか。まさか感覚のみで判断している訳ではないと思いますので、ぜひ基準をご教示いただきたく」

 やや挑発的態度を取ってみることにした。これで感情的反論しか返せないようであれば、共闘はありえない。


「それは連続体として取り扱うべきで、単純にあり・なしのどちらかに断定することは難しい。けれど二つ以上の異なる麺について強弱を比較することや『この値程度からをコシありとする』ような大まかな目安を付けることはできる。具体的にはだね、私個人で『日本うどん規格(JUS)』の策定を進めている。現在の状況としては、此度こたびの謎マナー問題を受け、角あり・なしの目安についても新たに章を立てて定義しようと考えている段階だ。さて本題のコシの評価だが、君が今言ったように感覚のみに基づいた判断は不適当だ。なぜなら恣意的な判断ができてしまうからね。普通に食べる分にはそれで良いかもしれないが、客観的評価を下すにあたっては科学的手法に基づいた定量評価が必要になる。そこで私が確立した評価手法を今から説明しよう。まず粘弾性とは…………ウンタラカンタラクドクドベチャベチャ」


 その後終バスが出るまで数時間に渡ってご高説賜ったことで、僕は彼の特性を大方把握することができた。やや取扱いに注意点が必要な所もあるが、全体的には論理的思考に基づいた行動ができそうな人物である。事前に入念な計画を立てておけば、何とか共闘的行為に至れそうだ。

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