第5話 引退_悪癖

 _4月末_


 春大会が終わった。悠之亮は人生で初めて「演劇」というものに触れた。他7校の喜劇や悲劇、童話劇、それぞれの高校が持つ全てに魅せられた。楽しさ、面白さ、奥深さに。全校の劇を通して見た後に悠之亮の感想は一言。

 全部凄かった。

 これ以外具体的なものは出なかった。彼は一度に触れたものが多過ぎて、具体的な言葉が何一つ思い浮かばなかった。

 ただ感想とは別に、悠之亮の頭によぎった別のものがあった。

 絶対にこの舞台に立つ。僕が書いた台本で、僕が誰かを演じて全員に魅せる。

 綺麗に片付いたステージを見ながら心に誓った。小ホール照明が全開の中でも、自分の舞台に立つ姿が悠之亮の目には映っていた。


 部活のみんなとは駅で解散し、悠之亮は家に帰ってようやく分かった。一体何に魅せられたのか。それは劇の始まりに鳴るブザーの音だ。それは照明がゆっくり落ちて生まれる客席の闇だ。それは上がり始めた瞬間から見える舞台だ。それは上がり始めた瞬間から溢れる幕の向こうから刺す光だ。それは目の前の小さな世界で生まれ広がる「物語」だ。それはその世界にだけ灯る「変化する光」だ、「その場の音」だ、「一挙手一投足」だ。だから「全部」と言ったのだ、そうとしか言えなかった。悠之亮は演劇の何もかもに魅せられていた。とても簡単で、すぐにわかることだ。しかし、悠之亮にとっては初めてだったのだ。今まで全てのことを『ただ何となく』で片付けていた自分の中に「具体的な理由」を見つけたのは。


 _5月頭_

 春大会が終わり、三年生である泉先輩は六月のお祝いまで所属になるが、実質学校の方針で引退となり、練習に参加しなくなった。泉先輩とは部活で最初に仲良くなった小島先輩の繋がりで短い間だったがよくしてもらっていた。そのせいか他の一年より寂しさを感じた。

「今日は練習じゃなくて春大会の反省を行います。右から1年、2年、3年で座ってください。」

 平田部長の声で全員がゆっくりと動き出す。多目的Aのおおきな部屋の中、全員が前に詰めて座ので、後ろが異常に寂しくなるのだが、それはなんでか慣れた。

「では1年生からお願いします。」

「まぁ反省というか春大会をみての感想で。」

「そう…感想でいいよ!」

「おせぇよ。」

 後付けながらも笑顔で親指を立てる平田先輩を小笠先輩が突っ込むいつものやりとりがあって場が和む。一人ずつ感想を述べ、二年生は演技や技術の反省がメインに話していた。野々村先輩は、本番で音響をミスしてしまったことを泣きながら謝っていて、聞いている全員が慰めるという場面もあった。泉先輩最後の舞台でそのような失態をしてしまったことに自責の念を駆られていたそうだ。

 最後の泉先輩はそこまでなにかをいうことはしなかった。

「最後の舞台は皆さんと全力でできたのが本当に嬉しかったし、色々あったけど演劇部の活動は本当に楽しかったです。本当にありがとうございました!」

 そうまとめると全員が拍手を送った。

「それじゃあ今日の活動は終わりなんだけど……まだ下校時間じゃないからみんな自由にしてていいよ!」

「じゃあ懇親会という事で。」

 平常運転の平田先輩を今度は三井先輩が補助する。その時全員が自分の荷物を置いた場所に戻り話し出したが、案の定1年、2年で別れている。唯一男子は1、2年合わせて5人しかいないのでそこだけはある意味混ざっていた。

「あの……。」

 いつもなら悠之亮はすぐさま男子の先輩達のまとまりに向かう。だが、悠之亮が向かったのは何と野々村先輩のところだった。

「どうしたの?」

 優しい声と笑顔で応える。この時からもすでに悠之亮の気持ちは上がっていた。

「紹介の時にアニメ好きだって聞いて……どんなの見るんですか?」

「いろんなの見るけど、今やってるやつだと斉木楠雄とかかな。」

「僕もそれ見てます!」

「ホント!? あれ面白いよね!」

 たった一つのアニメの話からかなり広がり盛り上がった。いいアニメがあれば紹介し合えるようLINEも交換してくれた。彼女に話しかけたのは1人だったというのが1番の理由だ。だがそれ以上に悠之亮自身が持つ話したがりの癖が出たというのもある。少し息苦しくなりながらも話せた事に高揚感を覚えていた。


 夜は野々村先輩のLINEアイコンをにやけて眺めるほどだった。この時は予報にないはずの大雨が降っていた。









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