第6話 突然①_悪寒

 _5月中旬_

 体育祭があった。体育祭といえばしかし2人の変化に関しては驚くほどに何もなかった。楽しかったと覚えていたのは劇部の男子先輩たちと一緒に話していた時、そして友達と一緒に歩いている野々村先輩を見かけた時だ。目があうとお互い人がいたのもあり悠之亮は軽いお辞儀、野々村先輩は小さく手を振って応えた。

「どうしたの藤宮くん?」

「……はい?」

「いや……なんか顔赤いし、口元緩んでるから。なんかいいでもことあったの?」

「エッ!? イヤ別に‼︎ ……なんでもありませんよ。」

俣野先輩に言われ、慌てて口を隠しそっぽを向く。気づかれてないようだが、ああ言われるとなんとわなしに焦る。

「今日暑いからねー、熱中症気をつけてね。」

中月先輩は全く気づいておらず、別の面を気にかけてくれた。中月先輩たちに背を向けた時に野々村先輩の後ろ姿とかすかな声が聞こえてきた。

「っていうかのの、なんかニヤけてない?」

「エ? そんな事ないよ〜。」

「絶対嘘じゃん!!」

「なんかあったんだ〜!」

お互い置かれた状況は同じようだ。悠之亮はその姿を見ていて少し体が熱くなった。まだそうと決まったわけでもないのに。


3年生になった泉先輩は受験のために勉強漬けの生活だ。だが勉強漬けになるのは悠之亮も同じである。中間テスト期間のため部活は1週間停止。頭の中が演劇と先輩のことで一杯な悠之亮にとって、これ以上にない苦痛だった。当然勉強に実が入る訳もなくテストはボロボロ、ギリギリ平均点以下という結果に落ち着いた。

 まぁ赤点じゃないだけヨシ。

 そう前向きにとった。クラス内順位はでは中の下、多目的Aでは久しぶりに会った演劇部の1年生内ではしっかり最下位だ。やっぱり女子には敵わない。悠之亮は心の中で諦めた。いつものことだが悔しいなどとは微塵も思わなかった。そんなことより演劇と野々村先輩だ。悠之亮の中にあるのはそれだけだった。


基礎練である準備体操、柔軟、発声練習、外周2周をこなすと平田部長は全員を席に着かせた

 「今日は秋大会に向けて台本選びをしていきます。というわけで、まずは台本を持ってきましょう! さぁ一年生たちレッツゴー!」

「…………。」

1年生の目は点になり、呆然としていた。

「特に藤宮くんガンバ!!」

「…………エ?」

「あれ? どうしたのみんな?」

平田部長は今の状況をわかっていなかった。周りからすれば抜けているところが可愛さらしいが、ここまでなのはどうかと思う。

「花純、一年生に部室とかの話した?」

「…………あぁごめん!! 全くしてなかった!!」

気まずい空間を切り裂いたのは小島先輩だ。この場の空気を完全に変えてくれた。

「まぁ春大前だったからしょうがない。俺が連れてくわ。」

「リョウありがとう〜。」

甘い声を出す平田部長をフォローしつつ、1年全員を部室に連れて行ってくれるイケメンの小島先輩だった。この時の悠之亮は平田部長に嫌悪感を抱いていた。


部室は普段使っている教室からは少し離れた場所にあった。それは入学当初から気になっていたグラウンドの外側にある建物だった。2階建てになっており1階はサッカー部、野球部、陸上部の部室と体育の授業で使う道具の倉庫。2階は屋内部活の部室になっていて、当然演劇部の部室はそこにある。

「ここが部室だから、台本とか衣装とかは全部ここにある。」

「「おぉ〜。」」

それぞれ理由は違えど一年の反応は全員同じだった。6畳ほどの部屋の中に劇で使う様々なものが入っていた。衣装、照明、小道具、そして2つの洗濯カゴを山積みにしている台本だ。たまにしか来ないためか埃っぽい。台本に触れると紙より埃の感じが指に伝わった。

「じゃあ持って行こうか。悠之亮持っていくぞ。」

「エェー! 僕が持つんですかー?!」

「重いんだからお前が持てよ! 男だろ!」

「ホコリツイテル……サワリタクナイ。」

「急にロボットになるな、そこは頑張れ。」

「…………アイ。」

カタコトになった悠之亮のくだらない駄々を小島先輩は笑いながら返し、台本の山になっているカゴを持って4階の多目的A教室に行くことになった。辛いといのは言うまでもない。そして4時半から6時まで残りはそれぞれが台本を読むという時間も苦痛だった。劇をしたいと思いながらもそれができず、野々村先輩にもはなしかけられず、ただ一人で台本選び。今日来なければよかった。悠之亮は心の底から溢れ出そうになった言葉を、先輩を眺めることで封じ込めた。


_空が急に暗くなり、予報にはなかったはずの雨が降ってきた_

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