第5話 崩壊

 こんなことになるなら、来なければ良かった。


 いつも、後悔してしまう。刹那主義のくせに、享楽主義のくせに、自分が楽しければそれで良いとのたまっているくせに。


 楽しいと、勢いができる。勢いができると、止まれなくなる。


 そうして、手遅れになってから後悔する。






「祝・神霊化!!!!!」

「“神霊”……道中言ってたやつか」

「そうそれ! さっき天使を助けて崇められたことによって神格を得たの! やっぱり鍵は信仰だったね」

「まぁ、君が何のメリットもなく手を貸すとは思ってなかったよ」

「利他の根底には利己があるからね」

「それは言い過ぎじゃないか?」


 雑談から派生して議論になっていく。双方の主張も突き詰めていきたいところだが、今の話の主軸は違う。


「話を戻すと……いやでもそこまで語ることないな? 天使たち眷族にして、ついでに使役もして、わたしが助けを求めたときのために各地で力つけるように指令しといた。流石に素の状態で放り出すわけにもいかないから、護衛として使役獣もつけてね」

「天使も使役できたのか……。いよいよイカれてるね」


 人型の天使を使役できたとすれば、人間でもできるのでは。

 そう思ったそふかだったが、伝えれば嬉々として実験しそうだったのでスルーした。八宝菜がやらかして一番迷惑するのはそふかである。


「それで、連絡はどうするつもり?」

「天使には<念話テレパシー>ってスキルがあるからね」

「それだと一方通行になるんじゃ?」

「……まぁ、つれごとまくらあの二人見てても分かんないか。人造人間ガイノイドのスキルって他種族には使いどころほぼないし。神は眷族の種族スキルも使えるんだよ」

「なるほどね」


 会話が一区切りついて、しばらくの間無言で歩く。


 天使が捕らえられていた地下から客室へ戻ると、謁見の時間が来ていたようである。積もる話もあるため、八宝菜は侍女の体から抜けて案内役の体に<憑依>していた。


 そして先程の探索で見つけていた教皇の間に着き、<憑依>を解く。


「──あ、れ?」

「案内ご苦労様」

「ありがとね~」

「え、……は、はい!」


 記憶が飛んだ感覚に見舞われた案内役にすかさず言外に「お前は案内をしていただけだ」と伝える二人。少し不思議そうにしながらも、案内役は去っていった。


「こういうのってもっと見張りとかいるもんじゃないの?」

「確かに、警備係ザルすぎる。完全に同志だと信じきっているのか、罠か……」

「宗教脳にキメすぎて真面に考えられないに一票~」

「あり得る」


 辛辣なことをカラカラと笑いながら言う二人。


「さて、と。あとは思いっきりやるだけだね」

「そうだな!!!ぶちかまそうぜ!!!」


 イキイキとし出す八宝菜を咎めることはなかった。


 そふかも、これから巻き起こす動乱を楽しみにしているのだ。






「──よく来た。面を上げよ」


 白い髭を蓄えた老人──教皇が、二人を迎えた。


「あの不快な村を焼き払ったこと、褒めて遣わす。目障りなごみどもめ、いつまでも生にしがみつくからこうなるのだ」

「へぇ、塵?」

「そこの男!発言は許可されていない!!!」

「良い良い、我らは同士なのだ。そう目くじらを立てるな。……あぁ、そうだ。やつらは塵、生きる価値のない──いや、生きていることが間違いの屑どもだ」


 忌々しい、と顔を歪める。そこに邪念はなく、心からの侮蔑があった。


 彼らはもう、人外を劣等と蔑み切っているのだ。


「ふふ、塵、塵ねぇ……?」

「貴様ァ!何がおかしい!!」


 近衛兵がいきり立ち、そふかに剣先を突きつける。


 バキンッ!


「……は?」


 剣が折れた。そふかがその握力でへし折ったのだ。


「教皇様!こんなところまで入り込ませる程、僕たちを買ってくれてありがとう!そして!」


 バサッと、羽を広げた。


「塵はお前らだよ。そんなことも分からないのか?」


 近衛兵の首が飛ぶ。余りにキラキラと美しい氷剣を呆然と眺めるしかできない。


 吸血鬼だ。


 吸血鬼が、神皇国にいる。


「こ、殺せぇええええ!!!!!」


 教皇の悲鳴でようやく正気を取り戻した兵たちが、一斉に向かってくる。


 しかし、


「<全員ぶっ飛べストーム>!!」


 暴風が叩きつけられ、余りの威力に教皇の間がガラガラと崩れ去っていく。


「ひゃっほ~~~~~~~!!! そふかぁ!!! 最っっっ高ーーーーーーーー!!!」


 吹き荒ぶ風に千切れていく兵と飛び散る血の間を、幽体になった八宝菜は笑いながら飛ぶ。親友の文句なしの素晴らしい口上に興奮を隠しきれないようだ。


 立ち直るのが早かった兵が斬りかかるも、単なる物理攻撃はするりと通り抜ける。


幽霊レイスだと……! クソッ! 何をしておる! 殺せ! 早う殺せぇ!!!」

「「「はっ!!!」」」

「やっぱ範囲指定の魔法はどうしても漏れが出ちゃうのがなぁ……」


 運良く生き残れたのか、錯乱し、喚き散らす教皇と必死につき従う兵を眺め、呑気に八宝菜は言う。


「クッ! 神が与えたもうた叡知の火よ! 集いて我が敵を貫け! <火槍ファイアランス>!!!」

「おっと! <属性転換>! 水から影! <おいで、下僕達シャドウスペース>!」

「「ピー!!!」」


 魔法を使ってきた兵の攻撃を危なげなく避け、八宝菜もこの前習得した新たな魔法を使う。


 ゆらりと広がった影から二匹の燕が出てくる。陰諧と雲日だ。


 職業:魔王のレベルが上がると使える<属性転換>は、魔法の属性を変えることができる。臨機応変に戦闘できる他、詠唱をそのまま持ち込めるメリットがある。


 MP以外に詠唱の長さ=強さという基準がある『FMB』で、“普段の会話を詠唱と思い込む”という自前のスキルがある八宝菜にとってとても使い勝手の良いスキルだった。


 本来はこれで不意打ちのように大群を出したいところだったが、崩れているとはいえまだ狭い部屋では逆に機動力を削いでしまう。そのため、八宝菜の使役獣の中でもレベルが高い二匹を出した。


「汚らわしい魔物め! 来るなぁ! 来るなぁ!!!」


 口の端に泡を飛ばし、教皇は発狂する。そんな人間の命乞いに構うほど二匹とその主人は優しくない。相当不快だったのか、陰諧と雲日の両方から唾を吐きかけられていた。そのうち、毒に侵されて死ぬだろう。


 あとは、消化試合。実際、八宝菜が<魂眼>で見た限り、強そうな人間もいなかった。


 そう、油断したのが悪かったのだろうか。


(……ん?)


 八宝菜の目に止まったのは、陰諧が人間と戦う姿だった。


 それ自体は何もおかしくない。熟練した立ち回りで人間を翻弄し、各個撃破を繰り返している。流石だ。この戦いが終わったら、褒美をあげても良いかもしれない。八宝菜は陰諧に嫌われているから、素直に受け取ってくれるかは分からないが。


 そんなことを思っていると、どこからか魔法が飛んでくる。慣れたように避けると軌道を変え、八宝菜に襲いかかってきた。


「あ、やっべ」


 まさか追尾式とは思わず被弾してしまう。かなりのMPが削れた。幽体のときはHPがない代わりに、そこらのステータスが全てMPに置き換わっているのだ。よって、攻撃を受けてももMPが減ってしまい、MP管理が大変になる。<実体化>し、ヤクチュウ謹製のMPポーションをがぶ飲みする。実体がないとポーションすらすり抜けてしまうのも不便だ。


 長引くと集中力が途切れるのは悪い癖だと自省しつつ、魔法の使い手を殺して再び陰茎の方に目を向ける。




 雲日が斬られていた。




「………………は?」


 戦いの最中だというのに思考が止まる。


 何故、何故? 目を離したその一瞬に?


 何故だ。原因を探る。


 あっさりと分かった。陰諧を庇ったのだ。背後の敵の攻撃から、その身を挺して。まるで背負っているかのように、陰諧の背に雲日が落ちる。陰諧の毛が雲日の血で濡れる。


「あ、あ……?」


 現実を受け入れるのが遅れる。そのせいだ。今となっては、そのせいだ。


「……ピィ」


 弱々しく鳴いたきり、雲日は動かなくなった。

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