第5話 乱入、混戦、交渉、決着

「今更だけど、吸血鬼に海上戦をやらせるなんて君たちも酷だよね」

「個人的にはそふかを相手する海賊のが可哀想」

「弱点なんてなかった」


 流水など物ともせず——と、言うよりは水に全く触れないような立ち回りをするそふか。時に波を避け、時に海を凍らせた。


「ピィー!」

「ネル、お帰り」


 空から羽ばたいてきたのは、一抱えもあるシロフクロウ。種族名はエティフ・ロウ。そふかの深い青とは異なり、澄んだ青が瞳で輝いていた。

 彼の名はネル。そふか唯一の眷属である。


「そのフクロウ、ネルって言うんだ」

「あぁ、この子は<睡眠スリープ>の魔眼持ちでね。名前は分かりやすい方がいいだろ?」

「いいなー魔眼。俺も欲しい」「わたしも」

「プレイヤーはキャラメイクの段階で課金しないと無理だよ」

「そうなんだよなぁ……」


 フクロウはそふかが特に好きな鳥である。八宝菜との別行動中に、傷ついていたネルを助け、懐かれたため<眷属化>したのだ。

 ちなみに、先程一隻の船のにいる船員を全て眠らせ、さらに<風魔法>でその船を転覆させてきたばかりである。可愛い顔をしてやることがえげつない。


「ほら、こんなに可愛い可愛いうちの子が仕事してきたんだ。君たちもそれ以上の戦果を出すべきだと思わないか?」

「そふかって親バカの才能あるよね」「むしろもう開花してるでしょ」

「何か?」

「「イエベツニナニモ」」


 全力で目を逸らした二人は、逃げるように船を移動し、海賊を殲滅しにかかる。


「<再生リプレイ>! <拡声メガホン>!」


 最初はゆったりとしたテンポで。


「“振り返り後ろを向いた。ゆるく吹いた潮風が、きっと君の頬を掠めた。”」


 バッグ・クロージャーに襲い掛かる海賊は、全て番長が薙ぎ倒す。そして、バッグ・クロージャーもそれを信ずるが故に、曲を止めることはない。


「“波打つ飛沫がかかった。驚き目を剥く表情。その後、君はゆるりと微笑んだ。”」


 徐々にテンションを上げていく、足に込める力も、スピードも上がっていく。


「“冒険しよう、僕は言った。勿論、と君は答えた。

 そういうと思ったよ、なんてかっこつけてみたけれど。僕はこの先が、楽しみで堪らない!”」


 最高潮へ到達する。一部の海賊や舎弟たちは、戦意を喪失したのか呆然と歌に聞き入っていた。


「“ゆらゆら、揺れてく船漕いで。さぁ、こうじゃないか! どこまでもさぁ!

 行く! 当て! なんてないないのさ! だから! さ迷い迷う僕らさ!”」


 番長は満面の笑みで歌う。歌う。心底楽しそうに、歌って、戦って。


 気分が高揚すればするほど最大限の力を発揮する武闘家は、負の感情を以てその力を揮う呪術師と対極の存在と言えよう。


 そんな呪術師はというと……。


「そふかさん! 大変です!」

「? 何?」


 番長の舎弟の一人がそふかに駆け寄る。


「クラーケンが現れました!」

「……???」


 別案件に追われていた。






 海賊船に蛸足が絡みつく。そして海へと引きずり込まれ……沈んだ。


 海賊船は残り二隻。その内の一隻はバッグ・クロージャーと番長が乗り込んでおり、そふか、ネルが一隻ずつ、そして先程のクラーケンが三隻目を落としている。


 クラーケンは大きい船から沈めていくようで、そふかが乗っている船は狙われていないが、軽々と大型船を沈めていった辺り、安心はできないだろう。


「そういえば……」

「はい?! 何ですか!?」

「海賊は生かすか首を取るかしないと賞金を貰えないんだったかな?」

「それ今確認することですか!?!? そうですけど!!!」


 狙われてないと言えど、クラーケンが暴れれば船は大きく揺れる。空を飛ぶそふかは無関係だが、普通の人間たる番長の舎弟たちは必死でしがみついていた。


「ふむふむ……」


 バサリ、羽ばたく。向かうは、バッグ・クロージャーと番長がいない方の海賊船。


「お前ら!!! 襲撃者は無視だ!!! まずはクラーケンを仕留めろ!!!!!」

「「「イエス、キャプテン!!!!!」」」


 どうやら運よく頭は生きていたようだ。色々都合がいい。番長の豪運のお陰かとも思いつつ、甲板へ降り立った。


「やぁ、船長さん。大変そうだね」

「……ッ! ……オマエが襲撃者のリーダーか?」

「いや? 僕は所詮雇われさ」

「ハッ! 賞金稼ぎにしちゃ、オマエの腕はもったいねぇんじゃねぇか? オレの首は釣り合わねぇだろうに」

「何を勘違いしているのか分からないけど、彼女らは賞金稼ぎじゃないし、君の首目当てで襲ったわけでもないよ?」

「……………………は?」


 表情が「何を言っているのか分からない」と語っていた。


「彼女らは友達でね。海賊と戦ってる絵が描きたいって言うもんだから、その付き添いだよ」

「……いかれてるぜ」

「お生憎様。僕らの中じゃ、これが普通だ」

「……雑談をしに来たわけじゃねぇだろ。何の用だ」


 情報を無理矢理噛み砕いた海賊の船長は、痛みを主張し始めた頭を無視して問う。


「死にたくないなら共闘しよう」

「誰がやるか。ここで生き延びたって、オマエに捕まればオレは処刑されるからな。敵のオマエらと組む必要は……」

「賞金首は君だけだ」

「!!!」

「部下は大事だろ?」

「——悪魔が……!」

「惜しい、吸血鬼だよ。半分だけどね」






 海賊と一時休戦をしたそふかは、援護を受けながらクラーケンに攻撃する。魔法を扱える海賊もいるようで、思ったより使えるな、と呟いた。

 ネルも眠らせることはできないが、視線を合わせ動きを阻害している。


(<無詠唱>だと破られるか)


 足を海ごと凍らせたが、すぐにヒビが入り、引き抜かれる。多少の欠損であれば回復し、むしろその氷を叩き割って礫を飛散させるなどとしている。


「僕はこういうの、得意じゃないんだけどね」


 親友であれば、パッと思いつくのだろうなと、そんなことを嘯いて、


(時間稼ぎはしてくれてるみたいだし、ゆっくり考えよう)


 ネルを折角仲間にしたから、“眠り”に関する物が良い。それに、自分の“氷”も当てはめて……。


 思考に耽る。戦闘中、ヘイトがそふかに向いていないとは言え、大した余裕である。


(あ、そうだ)


 こうしよう。


「<凍眠コールドスリープ>」


 足先から徐々に凍る。先程とは違って、完全に動きを停止する。


「まぁ、永眠だけど」


 吸血鬼悪魔の微笑みに、クラーケンは抗うのを止めた。


 じわじわと凍り付く。海の怪物の終わりをその場にいる全員が見届け――


 ——クラーケンがぶっ飛んだ。


「あっ!?!? ごっっっっっめん!!!! 横取りしちゃった!!!」

「——いや……別にいいよ」


 いまいち締まらないが、


 海賊及びクラーケン戦、終幕。

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